1492年、スペインのイザベラ1世女王とフェルディナンド2世王(通称「カトリック両王」)は、ジェノヴァ出身の探検家クリストファー・コロンブスによる大胆な提案を受け入れました。それは、西回りの航路でアジアへ到達するという、当時としては非常に野心的な計画でした。
コロンブスに提供された3隻の船
両王はコロンブスの航海のために、合計3隻の船を提供しました。この小さな船団こそが、世界史を大きく変えることになります。
- サンタ・マリア号 — 船団の旗艦となった大型のキャラック船(ナオ)
- ピンタ号 — 速力に優れた小型のカラベル船
- ニーニャ号 — 操縦性に優れたカラベル船
乗組員と物資の支給
船だけでなく、両王は航海に必要な乗組員の手配や食料・水などの物資の調達も支援しました。パロス・デ・ラ・フロンテーラの港から出航した船団には、経験豊富な船長たちや水夫たちが乗り込みました。中でもピンタ号の船長マルティン・アロンソ・ピンソンとその弟ビセンテ・ヤーニェス・ピンソンの貢献は特筆されます。
「サンタ・フェ協定」という約束
この支援は無償のものではなく、両王とコロンブスの間で交わされた「サンタ・フェ協定」に基づくものでした。コロンブスは発見した土地の提督の地位、総督職、獲得利益の一部などを約束され、見返りとして新たな領土と富をもたらすことが期待されていました。
航海の結果と歴史的意義
1492年8月3日に出航した船団は、10月12日にバハマ諸島の島(グアナハニとされる)に到達しました。コロンブス自身は最後までアジアに到着したと信じていましたが、この航海はヨーロッパとアメリカ大陸をつなぐ恒久的な交流の始まりとなり、後の大航海時代と世界史の転換点となったのです。