はじめに
1917年のロシア革命により、ウラジーミル・レーニン率いるボリシェヴィキは短期間で権力を掌握しました。彼らがどのような経緯で権力を勝ち取ったのか、その道のりを8つのステップに分けて解説します。
1. ボリシェヴィキ党の結成
ボリシェヴィキは、1903年頃にロシア社会民主労働党(RSDLP)内の一派閥として誕生しました。レーニンに率いられたこの派閥は、既存の資本主義体制を武力によって打倒するという、より急進的な社会主義革命の路線を掲げていました。穏健派のメンシェヴィキとの対立を深めながら、やがて独立した政党としての地位を確立していきます。
2. 二月革命と帝政の崩壊(1917年)
1917年2月、ペトログラード(現在のサンクトペテルブルク)では、ツァーリ政府に対する大規模な抗議行動やストライキが発生しました。人望を失っていたニコライ2世皇帝は退位に追い込まれ、その結果として臨時政府が樹立されました。
3. ボリシェヴィキの影響力拡大
ボリシェヴィキは混乱した情勢を巧みに利用し、労働者・兵士・農民の間で支持を着実に広げていきました。「平和・土地・パン」というスローガンは、第一次世界大戦に疲弊し、社会的・経済的改革を切望する大衆の心を強く捉えたのです。
4. 七月事件
1917年7月、臨時政府によるドイツ軍への攻勢は惨憺たる失敗に終わりました。これを受けて抗議行動が再燃し、政府への信頼はさらに低下します。この攻勢に反対していたボリシェヴィキは、むしろ存在感を一層高めることとなりました。
5. コルニーロフ事件
同年8月末、ラーヴル・コルニーロフ将軍が臨時政府に対する軍事クーデターを企てました。クーデター自体は失敗したものの、この事件は政府の脆弱さを露呈させ、より安定した指導力の必要性を浮き彫りにしました。
6. 十月革命の勃発
1917年11月(当時ロシアで使用されていたユリウス暦では10月)、レーニンとレフ・トロツキーに率いられたボリシェヴィキは、ペトログラードで武装蜂起を組織しました。冬宮殿を含む主要な政府施設を次々と占拠し、臨時政府を打倒したのです。
7. ソヴィエト政権の樹立
革命の成功後、ボリシェヴィキはレーニンを議長とする「人民委員会議(ソヴナルコム)」と呼ばれる新政府を樹立しました。さらに第二回全ロシア・ソヴィエト大会を招集し、ボリシェヴィキへの権力移譲が正式に承認されました。
8. 権力の強化と内戦
その後の数ヶ月から数年にわたり、ボリシェヴィキは政治的敵対者を打倒し、ロシア内戦において反革命勢力を鎮圧することで権力を固めていきました。こうして成立したロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国(RSFSR)は、後のソビエト連邦(USSR)の基礎となったのです。