ヨーロッパの歴史

ヘンリー8世と5人目の王妃キャサリン・ハワード――結婚が破局に至った本当の理由

イングランド王ヘンリー8世と5人目の王妃キャサリン・ハワードとの結婚が終わりを迎えた最大の要因は、彼女に対する姦通(不貞行為)および反逆罪の告発でした。キャサリンは、王との結婚生活中に複数の男性と関係を持った疑いに加え、結婚以前にも性的な関係を重ねていたとされました。

クランマー大司教による調査の開始

こうした疑惑が表面化したのは、ヘンリー8世がすでにキャサリンを王妃として迎えた後のことでした。当時カンタベリー大司教を務めていたトマス・クランマーが調査を主導し、関係者からの証言や書簡といった証拠が次々と集められました。その結果、キャサリン本人だけでなく、彼女に仕える廷臣や侍女たちまでもが一連の不義の行為に関与していたことが明らかになったのです。

婚姻の無効化と悲劇的な最期

調査結果がヘンリー8世へ報告されると、事態は急速に動きました。1541年末にはキャサリンは王妃としての地位を剥奪され、翌年には議会の「私権剥奪法(アクト・オブ・アテインダー)」によって、彼女が王と結婚すること自体が反逆行為であると認定され、婚姻は無効とされました。

そして1542年2月13日、キャサリン・ハワードは反逆罪の罪により、ロンドン塔にて斬首刑に処されました。若くして王妃となりながら、わずか1年余りの王妃生活で断頭台の露と消えた彼女の運命は、ヘンリー8世の宮廷における権力と陰謀が渦巻く過酷な世界を、今日にまで鮮明に伝えています。