ヨーロッパの歴史

アントニウス・ピウスはどのようにして皇帝になったのか?――夢のお告げと継承の謎

後継者を欠いたハドリアヌス帝の晩年

ローマ皇帝ハドリアヌスには、血縁による直系の世継ぎがいませんでした。当初、後継者として養子に迎えていたルキウス・アエリウス・カエサルも西暦138年の初めに先立ってしまったため、老いた皇帝は改めて後継者を選ばねばなりませんでした。こうして白羽の矢が立ったのが、元老院きっての人物と目されていたアントニウス・ピウスです。

カッシウス・ディオが伝える「夢のお告げ」

歴史家カッシウス・ディオによれば、死期が近づいたハドリアヌスは、元老院の中からアントニウスを後継者に選んだとされます。この決断には不思議な逸話が絡んでいます。かつて皇帝に寵愛されながら若くして世を去ったアントニノスが、夢の中でヘルメス神のお告げを受けたというのです。その内容は「もしハドリアヌスがアントニウスを後継者に選ぶなら、死後の世界で幸福を得るだろう」というものでした。この言葉に促されたハドリアヌスは、アントニウスの指名を決意したと伝えられています。

アウレリウス・ウィクトールの記録:二人の指名と二つの動機

一方、歴史家アウレリウス・ウィクトールは、ハドリアヌスがアウレリウス・アントニヌス(後のアントニウス・ピウス)だけでなく、マルクス・アンニウス・ウェルス――のちの哲人皇帝マルクス・アウレリウス――をも指名したと記しています。さらに彼は、この指名の背後にある動機として二つの説を挙げています。

ひとつは、皇帝本来の善良さゆえの賢明な判断だったとする見方です。もうひとつは、国家の聖なる火を守るウェスタの巫女たちの決議が皇帝の意志を後押しし、この人事を強いたとする説です。後者によれば、これは皇帝個人の思いつきではなく、宗教的権威が関与した公的な決定だったことになります。

マルクス・アンニウス・ウェルスへの意図をめぐる論争

実際、ハドリアヌスは138年2月にアントニウスを養子とする際、アントニウスの側にもマルクス・アンニウス・ウェルスとルキウス・カエイオニウス・コンモドゥスを養子とすることを条件として課しました。では、ハドリアヌス自身はマルクスにどのような将来を思い描いていたのでしょうか。ここでも研究者の間で見解が分かれています。

アンソニー・バーリーらは、ハドリアヌスがマルクスをアントニウスとの共同統治者として立てようとしていたと主張します。初代アウグストゥスやネロの時代に繰り返された継承危機の再演を恐れ、あらかじめ二人の後継者を用意することで帝国の安定を図った、という読み解きです。

これに対してリチャード・ダンカン=ジョーンズは、ハドリアヌスの書簡の分析から別の結論を導いています。マルクスの親族宛ての手紙などを精査した結果、ハドリアヌスの真意は、マルクスがアントニウスの後を継ぐ――つまりアントニウス一代を挟んだ段階的な継承――にあったと論じているのです。

まとめ:継承劇の裏にあった複雑な思惑

アントニウス・ピウスの即位は、単なる皇帝の指名では終わりませんでした。夢のお告げやウェスタの巫女の決議といった宗教的な要素と、継承の安定をめぐる緻密な政治的設計が絡み合った出来事だったのです。史料によって語られ方が異なるこの継承劇は、五賢帝時代の黄金期を築く皇帝の誕生の裏に、ハドリアヌスの深い配慮と当時の人々の信仰心が息づいていたことを物語っています。