ヨーロッパの歴史

第二次世界大戦中、ドイツ系・イタリア系アメリカ人はなぜ抑留されたのか?

第二次世界大戦中のアメリカにおける「敵性外国人」の扱い

第二次世界大戦中、アメリカ合衆国で抑留されたのは日系アメリカ人だけではありません。実は、ドイツ系アメリカ人やイタリア系アメリカ人もまた、抑留の対象となりました。さらに日系人については、約12万人もの人々が強制収容所へと送られるという、甚大な事態が起きています。

抑留の背景にあったもの

これらの抑留を引き起こした最大の要因は、開戦によって生まれた恐怖心と偏見です。1941年12月の真珠湾攻撃をきっかけに、日本・ドイツ・イタリアという枢軸国と戦うことになったアメリカでは、「敵国にルーツを持つ人々」への疑念が一気に高まりました。

「スパイや破壊工作に関わるのではないか」という根拠の薄い不安が政府や世論を動かし、出自や血縁だけで人々から自由を奪うという事態につながってしまったのです。

ドイツ系・イタリア系への対応

ドイツ国籍やイタリア国籍を持つ移民(いわゆる「敵性外国人」)は、移動の制限や財産の没収といった規制を受け、一部は収容施設に送られました。ただし、市民権を持つドイツ系・イタリア系アメリカ人が大規模に強制収容されたわけではなく、扱いには差がありました。

一方の日系人は、人種的な偏見も重なった結果、アメリカ市民であっても家族ごと収容所に送られるなど、最も厳しい扱いを受けました。この強制収容については、1988年に当時のレーガン大統領が公式に謝罪し、補償する法律に署名しています。

歴史が残した教訓

戦時下の恐怖と偏見が、無実の人々の自由を奪うことになり得る――第二次世界大戦中の抑留の歴史は、そのことを後世に伝える貴重な教訓となっています。