ヨシフ・スターリンは、ベルリン空輸そのものには直接関与していませんでした。しかし、空輸が実施されるきっかけとなった「ベルリン封鎖」を命じた張本人であるため、間接的には深く関わっていると言えます。
スターリンが命じたベルリン封鎖
1948年6月、スターリン率いるソ連は、第二次世界大戦後の占領体制下で米英仏の管理区域となっていた西ベルリンに対し、陸路および水路からの物資搬入を一切遮断する封鎖を実施しました。これは、西側占領地域での新通貨(ドイツマルク)導入など、西側諸国の動きに対抗するための強硬策でした。
米英仏による大規模な人道支援作戦
これに対し、アメリカ、イギリス、フランスは軍事衝突を避けながら、西ベルリンに暮らす約220万人の市民を支えるために大規模な空輸作戦を展開しました。食料や燃料、医薬品などの生活必需品がおよそ1年間にわたって空路で運ばれ、総飛行回数は27万回を超え、輸送量は200万トン以上に達しました。
封鎖解除と歴史的評価
封鎖が思うような成果を上げられないと判断したソ連は、1949年5月12日についに封鎖を解除しました。ベルリン空輸は冷戦初期における西側諸国の大きな成功例とされており、スターリンの圧力政策は結果的に逆効果に終わったのです。