「アンデスの暴君」の登場
ベネズエラにおける長期にわたる独裁時代は、1908年にフアン・ビセンテ・ゴメス将軍(「アンデスの暴君」と呼ばれた)が権力を掌握したことから幕を開けました。
ゴメスは1935年に死去するまで約27年間、独裁者として国家を支配し続けました。彼の政権は、とりわけ東部アンデス地方出身の軍上層部による富の蓄積と汚職を大きな特徴としていました。身内びいきの政治が横行し、国民の多くは貧困と抑圧の中で暮らすことを余儀なくされたのです。
石油依存経済への転換
ゴメス独裁政権の樹立からまもなく、外国企業による石油探査が本格的に開始されました。これによりベネズエラの国情は劇的に変化します。
それ以降、同国は石油生産にほぼ特化した経済構造へと移行しました。農業は放置され衰退の一途をたどったため、かつて国内で賄えていたさまざまな物資を、高い費用を支払って海外から輸入せざるを得なくなったのです。
弾圧下の野党勢力
自由主義者、社会主義者、共産主義者などから構成される反政府勢力は、常に強烈な弾圧にさらされていました。政治的な理由で国外へ亡命する人々の数は絶えず増え続け、国内には自由な政治活動の場がほとんど残されていませんでした。
1937年には民主行動党(AD)が結成されます。中産階級の人々を幅広く結集した同党は、やがて野党の中で最も強力な政治勢力へと成長していきました。
独裁体制の崩壊
1935年、ゴメスの死を機に首都カラカスでは大規模な民衆蜂起が発生し、怒れる群衆は政権幹部らの邸宅を襲撃・略奪しました。これは、国民の間に鬱積していた不満が一気に噴出した出来事といえます。
しかしながら、アンデス出身将校たちによる独裁体制そのものはその後も存続し、1946年まで続きました。同年、市民と軍人が手を組んだクーデターによってついに政権は打倒されます。この動きにおいては、民主行動党の指導者ロムロ・ベタンクールと、マルコス・ペレス・ヒメネス少佐が中心的存在として際立った役割を果たしました。