古代の歴史

ブラジル初の民選大統領プルデンテ・ジ・モライス――共和制が約束した民主主義の実像

ブラジル初の民選大統領プルデンテ・ジ・モライス――共和制が約束した民主主義の実像

共和制樹立の背景――中央集権への反発

ブラジルにおける共和制の樹立は、帝政期の政治的中央集権が生んだ緊張関係を背景として正当化されました。共和国は、保守主義がもたらした後進性から国家を脱却させるための不可欠な変革へとブラジルを導くことを掲げていたのです。

軍部の手によって創設された新体制

しかしながら、共和政政府の導入過程そのものは、目立った民衆の動員によって推進されたわけではありませんでした。軍隊と武器を背景に、軍部機関の代表者たちが新政府を創設したのです。自由主義的・民主主義的な諸制度の創設に必要な条件を整える責任を負っていた軍部は、結局のところ、自らが掲げた理想を実現することはありませんでした。

間接選挙と公開投票――民主主義の先送り

その典型例が、1890年に制定された新憲法です。この憲法は、同国初代大統領を間接選挙で選ぶ仕組みを取り入れました。こうして新体制は、国内における民主主義的慣行の確立を先送りすることになったのです。さらに、無記名投票を採用しなかった点も、新しいブラジル共和国における政治的操作の道具となりました。

1894年、初の直接選挙で誕生した大統領

共和国成立から6年後の1894年になってようやく、直接投票による初の大統領選挙が実現しました。当選したのは、サンパウロのコーヒー寡頭勢力(オリガルキア)の代表であるプルデンテ・ジ・モライスです。彼は「実証主義的共和主義プロジェクト」を支持し、共和国こそが国の近代化をもたらすという理念を擁護するとともに、国民ブルジョアジーの確立につながる政策を推進しました。

理念と現実の乖離

理論上は国民全体の発展を意味するはずだったこの構想は、実際には大地主エリート層が国家の政治権力構造の中に定着する道を開く結果となりました。こうして最初の大統領選挙は、ブラジルにおける貧困や社会的排除の問題を解消するにはほど遠いものでした。むしろ共和国の始まりは、ごく一部の人々に有利な腐敗した政治行為が頂点に達した時代の幕開けだったのです。

カヌードス事件とカンガッセイロの出現

プルデンテ・ジ・モライス政権がカヌードス事件の舞台となり、またカンガッセイロ(東北部を荒らした無政府集団)が出現したのは、決して偶然ではありません。つまり、共和国は民主主義の原則を守ることを目的とした民衆代表の諸制度の実現を、真に画定したものではなかったのです。この歴史的教訓を明確に認識しておくことが重要です。