
デメテルの起源と系譜
ギリシャ神話において、デメテル(古代ギリシャ語:Dēmētēr)は農業と収穫を司る女神です。その名前は「大地の母」を意味する「Gễ Mếtêr」、あるいは「dễmos(土地、国土)」に由来する「Dêmomếtêr(大地の母)」から派生したと考えられています。
ローマ神話では、デメテルは穀物の女神ケレス(Ceres)と同一視されました。詩人ヘシオドスの『神統記』によれば、デメテルはティタン神族のクロノスとレアの娘であり、ゼウス、ポセイドン、ハデス、ヘスティア、ヘラの姉妹にあたります。そして、冥界の女王となるペルセフォネの母としても知られています。
ペルセフォネ誘拐神話と季節の起源
デメテルにまつわる最も有名な神話が、娘ペルセフォネの誘拐事件です。死者の国を支配するハデスが、ペルセフォネを妻にするために連れ去ったのです。娘を探し求めるデメテルは、大地の実りをおろそかにし、世界は飢饉の危機に陥りました。
老婦人「ドーソー」に姿を変えたデメテルは、九日間にわたり放浪を続けました。人間たちを脅かす飢饉の深刻さを悟ったゼウスは、神使ヘルメスをハデスの王国へ遣わし、ペルセフォネを母のもとへ返すよう要請します。
しかし、ハデスは最後の手段としてザクロの種をペルセフォネに食べさせていました。冥界で食べ物を口にした者は、そこから去ることができないという掟があったためです。そこでゼウスは妥協案を提示しました。一年のうち六ヶ月から八ヶ月の耕作可能な時期はペルセフォネを地上で母と共に過ごさせ、残りの期間は夫ハデスのもとで暮らすというものです。この神話は、四季の移り変わり——種まきの時期と大地が眠る時期——の起源を説明するものとして伝えられています。
デメテルの子どもたち
デメテルの子供はペルセフォネだけではありません。英雄イアシオスは三度耕された野原でデメテルと結ばれ、息子プルトスが生まれました。プルトスは後に富の擬人化となった存在です。ホメロスの記述によれば、この結合に嫉妬したゼウスはイアシオスを雷で打ち殺したといいます。
また、海神ポセイドンとの間には、不死の馬アリオンと、名前を口にすることさえ禁じられた謎めいた女神が生まれました。この娘は「デスポイナ(Despoina=女主人)」と呼ばれています。伝承によれば、ペルセフォネを探す旅の途中で身ごもったデスポイナは、ティタン神族のアニュトスによって育てられたとされています。
人類への農耕の伝授
デメテルは人類に種まきと耕作の技術を教えた神として崇拝されてきました。ドーソーとして放浪していた折、彼女はエレウシスの王ケレオスに出会います。王のもてなしへの感謝として、デメテルは王の息子たちデモフォーンとトリプトレモスを預かり、前者を不死の存在にしようと試み、後者には農業の技芸を授けました。
トリプトレモスは、その見返りとして農耕の技術を人類全体に広める役割を担うことになりました。一部の伝承では、デメテルが小麦の粒を与え、大地に蒔き広めるよう命じたとも語られています。
デメテルの性格と信仰
ヘシオドスは『仕事と日』の中でたびたびデメテルに言及し、豊穣と耕作をめぐる宗教的儀礼について多くの詳細を記しています。デメテルは人間にとって最も慈悲深い神々の一柱とされ、平和と勤労を喜ぶ女神として親しまれてきました。
複数の古代の著述家たちは、デメテルがオリュンポス十二神には含まれないと述べています。それは彼女がオリュンポスの頂よりも、大地と畑の近くに留まることを好んだためだと説明されています。
パウサニアスが『ギリシャ案内記』の中で記しているように、ギリシャ全土には数多くのデメテル神殿や祠が点在しており、その信仰がいかに重要であったかを物語っています。
エレウシス秘儀とサモトラケの密儀
デメテルは「エレウシス秘儀」と呼ばれる宗教儀礼で厚く祀られました。これは再生と収穫の循環を祝う古代ギリシャ最大の秘密宗教です。ホメロスによるデメテル讃歌は、この信仰の起源を記録した最良の資料とされています。
さらに、サモトラケ島の密儀においても、デメテルは大神々の主神である「アクシエロス」という女神の姿で祀られていました。