古代の歴史

アンブロシウス・アウレリアヌス ― ブリテンとガリアを渡り歩いた伝説の戦争指導者

アンブロシウス・アウレリアヌスとは

アンブロシウス・アウレリアヌス(現代ウェールズ語では「エムリス・ウレディグ(Emrys Wledig)」と呼ばれる)は、5世紀後半に活動したブリトン人の戦争指導者です。彼に関する確かな記録はごくわずかしか残されておらず、そのほとんどが伝説に近いものとなっています。

サクソン人侵攻への抵抗

史料によれば、彼は460年から480年頃にかけて活躍したとされます。455年のサクソン人によるブリテン侵攻の際には、ブリトン人部隊の防衛を組織し、兵たちの士気を高める中心的役割を果たしました。

ローマ化したブリトン貴族の出身で、ローマ式の軍事技術を修めた軍人でもあった彼は、460年にアングロ・サクソン人との戦争を開始します。この戦いこそが、後継者であるアルトリウス(アーサー・ペンドラゴン、すなわちアーサー王)に後世の名声をもたらすこととなりました。

しかし皮肉なことに、ブリテン島の防衛に大きく貢献し、アルモリカ(ブルターニュ)やガロ・ロマン領へ戦略的に退いた後も大陸での数々の出来事に関わったアンブロシウス自身は、アーサーのような知名度を得ることはありませんでした。

聖ポル・オーレリアンとの関係

伝承によれば、彼はアルモリカ・ブルターニュのレオン地方を布教した聖ポル・オーレリアン(Pol Aurélien)と血縁関係にあったとも言われています。

海峡の両側で権威を示した唯一の人物

興味深いのは、アンブロシウスがイギリス海峡の両側で介入し、あるいは権威を行使した唯一の人物とされる点です。実際、ネンニウスに帰せられる『ブリトン人の歴史(Historia Brittonum)』や、そのアイルランド語版である『レボル・ブレトナハ(Lebor Bretnach)』においても、彼はフランク人とアルモリカ・ブルトン人の双方の王として言及されています。

リオタムス同一人物説

フランスの歴史学者レオン・フルリオ(Léon Fleuriot)は、アンブロシウスこそが「リオタムス(Riothamus)」であると考えています。リオタムスは469年にデオール(Déols)近郊で西ゴート族に敗れた人物ですが、フランク人を支配下に置いていたとも伝えられます。

実は「リオタムス」とは固有名詞ではなく、「至高の王(Supreme King)」を意味する称号です。このため、シドニウス・アポリナリスが書簡の中で彼に対して示した格別の敬意も、自然に説明がつくのです。