古代の歴史

エドワード・ペリュー――アルジェ砲撃で名を馳せたイギリス海軍提督

エドワード・ペリュー(Edward Pellew、1757年ドーバー生まれ – 1833年没)は、初代エクスマウス子爵に叙されたイギリス海軍の提督です。勇猛で優れた指揮官として知られ、ナポレオン戦争期のイギリス海軍を代表する人物の一人とされています。

アメリカとインドでの武勲

ペリューは若くして頭角を現し、アメリカおよびインド海域におけるフランス海軍とのいくつもの戦闘で目覚ましい活躍を見せました。特に1793年にはフランス艦クレオパトルを拿捕した功績により、庶民院から感謝決議を受けるなど、その勇敢さは広く称えられました。

その後も順調に昇進を重ね、1804年に少将(リア・アドミラル)、1808年には中将(ヴァイス・アドミラル)に任じられています。

地中海艦隊司令長官とアルジェ砲撃

1815年、ペリューはイギリス地中海艦隊の司令長官に任命されました。翌1816年8月、彼は北アフリカのバルバリー海賊の拠点であったアルジェを大規模に砲撃し、デイ(支配者)に圧力をかけて約1,000人のキリスト教徒奴隷を解放させることに成功しました。この「アルジェ砲撃」は彼の生涯最大の功績として記憶されており、この戦功によってエクスマウス子爵に叙爵されています。

晩年

晩年のペリューは、海軍士官や水兵の教育・訓練に力を注ぎ、後進の育成にそのキャリアの残りを捧げました。1833年に亡くなるまで、彼はイギリス海軍の発展に貢献し続けたのです。