古代の歴史

セミノール族――「屈せざる民」の歴史と文化

セミノール族――「屈せざる民」の歴史と文化

セミノール族とは

セミノール族は、北アメリカのネイティブ・アメリカン(先住民族)の一部族です。現在は、故郷であるフロリダ州と、強制移住先のオクラホマ州に分かれて暮らしています。

セミノール族は18世紀に形成されました。その成員は、現在のジョージア州、ミシシッピ州、アラバマ州、フロリダ州にあたる地域から移住したインディアンたちで、大半はクリーク族の出身者でしたが、奴隷制から逃れてきたアフリカ系アメリカ人(いわゆる「ブラック・セミノール」)も加わっていました。

「不屈の民」と呼ばれる理由

約3,000人のセミノール族はミシシッピ川以西へと強制移住させられました(この途上で新たな仲間を加えたのが、現在のオクラホマ・セミノール族です)。一方、300〜500人は残留し、フロリダ・エバーグレーズ周辺で戦い続けました。

フロリダのセミノール族との三次にわたる戦争では、合衆国軍の兵士1,500人が命を落としました。しかし、政府は彼らに対して正式な和平条約を押しつけることも、提示することすらありませんでした。そのため、セミノール族は合衆国政府に一度も降伏していません。これこそが、フロリダのセミノール族が自らを「不屈の民(the Undefeated)」と誇り高く呼ぶ理由です。

部族名の由来

現在の名称「セミノール」は、ムスコギー語(クリーク系言語)の「simano-li」が変化したものです。この語自体、スペイン語の「cimarrón(野生の、逃亡した)」を借用した言葉に由来します。

なお、第一次世界大戦期には、パイロットのウィリスが自身の個人章であったセミノール酋長の紋章をN.124部隊に遺しました。この「インディアンの頭部」の意匠は1917年4月、ラファイエット飛行隊の公式エンブレムとして採用されています。

現代のセミノール族

今日、セミノール族は自らの部族保有地に対する主権を有しており、タバコ事業、観光、カジノを経済の柱としています。また、「セミノールズ」はフロリダ州立大学スポーツチームの愛称としても親しまれています。

歴史

フロリダ先住民の壊滅

16世紀にスペイン人がフロリダを征服すると、先住民たちは持ち込まれた疫病によって壊滅的な打撃を受けました。1763年にフロリダがイギリスの支配下に入った際、わずかに生き残った人々はスペイン人によってキューバへ移送されたと考えられています。

セミノール族の成立

18世紀初頭、下町(Lower Towns)のクリーク族の一部が、上町(Upper Towns)のクリーク支配から自由になるべくフロリダへの移住を始めました。彼らは、ユチ族やヤマシー族など、当地に残っていた少数の先住民と混じり合いました。こうした人々はやがて「セミノール」と呼ばれるようになります。これはスペイン語の「cimarrón(野生の)」、すなわち彼らの場合「野性の人々」を意味する言葉に由来するものでした。

セミノール族は異なる出自を持つ人々の集合体でした。中心となったのはジョージアの下クリーク族、ミカスキー語を話すムスコギー系の人々、そして逃亡してきた奴隷身分のアフリカ系アメリカ人であり、それ以外にも白人アメリカ人や他部族のインディアンが少数加わっていました。

言語とアイデンティティ

まとまりを形成したセミノール族は、クリーク語とミカスキー語(ヒッチティ語の現代方言)という2つの言語を話していました。両者ともマスコギー語族に属し、この語族にはチョクトー語やチカソー語も含まれます。現在のフロリダのミコースキー族が独自のアイデンティティを保ち続けているのは、主にこうした言語上の背景があるためです。

植民地勢力との関係

セミノール族は、スペイン人やイギリス人とおおむね良好な関係を保っていたようです。1784年、アメリカ独立戦争を終結させた条約により、フロリダは再びスペインの支配下に戻りました。しかし、スペイン帝国の衰退に伴い、セミノール族はフロリダの湿地帯の奥深くへと定住域を広げていくことができました。

この状況は、第二次セミノール戦争後に大多数のセミノール族がインディアン準州(現在のオクラホマ州)への移住を強いられるまで続きました。