「Nuts!」の応答――士気を高める絶好の機会
1944年12月、バストーニュを包囲するドイツ軍が降伏を勧告した際、代理指揮官アンソニー・マコーリフ准将が返した有名な一言「Nuts!(ばかげた話だ)」は、扱い方次第で部隊の士気を大きく高められる出来事になると、師団司令部情報部長ポール・ダナヒー中佐は見抜いていた。彼は日報の中でこう記している。「将軍の応答は、皮肉を込めたユーモラスな忍耐という外見の下に、エネルギッシュな否定であった」。
回復した天候がもたらした恩恵と脅威
12月22日は、アルデンヌの他の地域ではドイツ軍の攻勢が概ね終息する日となったが、この頃から天候は好転に向かった。これは他の戦域での戦いにとって重要な転換点だった。連合軍の戦闘爆撃機が、ドイツ軍装甲部隊の先鋒を止めるうえで決定的な役割を果たせるようになったからである。
しかし、包囲下の第101空挺師団にとって、その恩恵は相対的なものにとどまった。確かに生命線となる補給品の空中投下が可能になったが、同時にドイツ空軍も市街への爆撃を再開でき、地上の敵部隊にとっても、雪と厳寒の中での戦闘には絶好の条件となったのである。
空から届いた補給物資
12月23日には約241機、翌24日には160機の航空機が補給品を投下した。クリスマス当日は天候不順のため投下は見送られたが、26日には289機が再び物資を届けている。投下量の大部分を占めたのは砲弾であり、これがなければ守備隊の抵抗そのものが危うくなっていたはずだ。さらに戦闘爆撃機も、通常爆弾やクラスター爆やクラスター爆弾、ナパーム弾、搭載機銃を駆使して、包囲側のドイツ軍に効果的な打撃を与え続けた。
南側正面の危機と救援要請
12月23日、戦況は一気に絶体絶命の様相を呈した。精鋭・教導装甲師団(パンツァー・レーア)が南側面に深く切り込み、第327歩兵連隊がようやくこれを食い止めたのである。師団司令部作戦部長ハリー・キナード中佐は、第8軍団の担当部署へ次のような電文を送った。
「我々の状況について言えば、ここは悪臭を放ち始めている。第1装甲師団はこちらへ来る必要がある。敵は南側全域に攻撃を仕掛け、戦車が突破して我々の周囲をうろついている。第4装甲師団に我々の状況を伝達し、全力を挙げて進出するよう指示してほしい」
これは第101空挺師団の窮状を大幅に控えめに表現したものだったが、同時に、南方から北上する第4装甲師団の到着によってしか守備隊は救われない、という的確な状況判断でもあった。