ミドルアングリアの概要
ミドルアングリア(Middle Anglia)は、アングロサクソン時代のイングランドに存在した地域(州)です。イースト・アングリアとマーシア王国の間に位置し、多様な民族集団が混在して居住していたことで知られています。
地理的な範囲
ミドルアングリアの領域には、ネン川(Nene)、ウェランド川(Welland)、グレート・オウズ川(Great Ouse)の各流域と、フェンズ(湿原地帯)以西の地方が確実に含まれていたとされています。さらに、その範囲は現在のオックスフォードシャーにまで及んでいた可能性もあると考えられています。
政治史とキリスト教の伝来
この地域の一部には早い時期から人々が定住していましたが、653年にマーシア王ペンダ(Penda)の息子であるペアダ(Peada)の統治下でマーシアに服属するまで、その政治史についてはほとんど記録が残っていません。
当地出身の聖グスラック(St. Guthlac)は、マーシア王家の一員として生まれた人物です。ペアダによってキリスト教がこの地域にもたらされましたが、恒久的な司教座が設立されたのは737年、レスター(Leicester)に司教区が創設されたときが初めてでした。また、691年から705年にかけて亡命生活中にあった聖ウィルフリッド(St. Wilfrid)が、この地域の管轄を担ったことも知られています。
主要な宗教拠点
ミドルアングリアには、以下のような重要な宗教的拠点(修道院)が存在しました。
- ピーターバラ(Peterborough)
- イーリー(Ely)
- アンドル(Oundle)
- クローランド(Crowland)
これらの宗教施設は、後のイングランドにおけるキリスト教文化の発展において重要な役割を果たしました。