古代の歴史

タンガニーカとは?タンザニア建国の礎となった東アフリカの歴史的地域

タンガニーカ(Tanganyika)は、東アフリカに存在した歴史的国・地域です。1961年12月9日にイギリスから独立を果たし、翌1962年には共和制国家へと移行しました。その後、1964年4月26日にザンジバル(Zanzibar)と合併して「タンガニーカ・ザンジバル連合共和国」が誕生し、まもなく国名は現在のタンザニア連合共和国(Tanzania)へと改称されました。

タンガニーカとは?タンザニア建国の礎となった東アフリカの歴史的地域

古代からの定住とアラブ商人の時代

考古学的な調査によれば、この地域には人類が非常に古くから定住していたことが明らかになっています。紀元後10世紀頃までに、バンツー語を話す諸民族が定住し、さらにアジアやアラビア半島方面からの商人たちが交易のために訪れるようになりました。彼らはインド洋交易網の一部として、金や象牙などの物資を海路でやり取りしたと考えられています。

ポルトガル進出とオマーン勢力の台頭

15世紀末、沿岸部にはポルトガル人の勢力が及び、彼らは一時この地の支配権を握りました。しかし、その支配は長く続かず、18世紀後半にはオマーンおよびザンジバルのアラブ勢力によって追い払われました。以降、この地域はアラブ世界との結び付きを深めていくことになります。

ドイツ植民地時代

1880年代に入ると、ドイツの植民者が内陸部へと侵攻を開始しました。1891年には、この地域をドイツ領東アフリカ(Deutsch-Ostafrika)の一部として保護領とすることが宣言され、本格的な植民地統治が始まりました。

イギリスによる委任統治と信託統治

第一次世界大戦中、イギリスはドイツの拠点を攻略してこの地域を占領しました。1920年には「タンガニーカ準州(Tanganyika Territory)」の名称のもとでイギリスの委任統治領となり、第二次世界大戦後も引き続き、今度は国際連合の信託統治地域としてイギリスが統治を担いました。

タンガニーカとは?タンザニア建国の礎となった東アフリカの歴史的地域

独立とタンザニアへの道

1961年12月9日、タンガニーカはついに独立を達成し、1年後の1962年には共和制国家となりました。さらに1964年4月26日にはザンジバルとともに「タンガニーカ・ザンジバル連合共和国」を樹立。この国家はその後「タンザニア連合共和国」と改名され、東アフリカにおける重要な国家として今日に至っています。