モワイアン・コンゴ(Moyen-Congo)は、フランス語で「中央コンゴ」を意味する地名で、かつての植民地フランス領赤道アフリカ(Afrique équatoriale française)を構成する4つの地域の一つでした。他の3地域はガボン、ウバンギ・シャリ(現・中央アフリカ共和国)、チャドであり、モワイアン・コンゴはその中核として重要な役割を担っていました。

起源:1880年のブラザによる拠点設置
モワイアン・コンゴの歴史は、1880年に遡ります。イタリア系フランス人の探検家ピエール・サヴォルニャン・ド・ブラザ(Pierre Savorgnan de Brazza)が、コンゴ川沿いの町ンタモ(Ntamo、現在の首都ブラザビル)にフランスの拠点を設置したことが始まりです。この拠点を足場にフランスの影響力は内陸部へと広がり、やがて広大な植民地が形成されていきました。
1934年以降の直接統治
1934年からは、モワイアン・コンゴは仏領赤道アフリカの総督府による直接統治下に置かれました。中心都市ブラザビルは連邦の首都としても機能し、行政・経済の要衝として発展していきます。
独立と国名の変遷
1960年、モワイアン・コンゴはコンゴ共和国として独立を果たしました。その後、1969年には社会主義路線を掲げるコンゴ人民共和国へと改称されます。1992年の民主化に伴い、再びコンゴ共和国の名称へ戻りました。
なお、隣国のコンゴ民主共和国(首都キンシャサ)と区別するため、この国は一般に「コンゴ(ブラザビル)」と略称されます。両国は同じ国名を共有しながらも、コンゴ川を挟んで対岸に位置する別々の国家です。
豆知識:アフリカの地理クイズ
「アフリカの最北端は、ヨーロッパの最南端より北にある」——これは実は正しい事実です。アフリカ最北端のチュニジアのラス・ベン・サッカ岬は北緯37度を超え、ヨーロッパ最南端(ギリシャ・ガヴドス島など)よりも北に位置しています。「暗黒大陸」と呼ばれたイメージとは裏腹に、地中海世界と密接につながった大陸なのです。