ロイス(Reuss)とは
ロイスは、かつてドイツに存在した二つの公国の総称であり、1920年にテューリンゲン州へ併合された。最末期のロイスは、ザクセン=ワイマール=アイゼナハ公国の一部によって隔てられた二つのブロックから成り立っていたのが特徴である。
地理的特徴
南部に位置し、面積の大きい方のブロック「オーバーラント(Oberland)」は、シュライツとグライツを主要都市とした。その領域は東でザクセン王国、南でバイエルン、西でザクセン=マイニンゲンおよびシュヴァルツブルク=ルードルシュタットの一部に接し、北西部ではプロイセン領ザクセンの飛び地と国境を接していた。
もう一方のブロック「ウンターラント(Unterland)」はゲーラ(Gera)周辺に広がり、東と西はザクセン=アルテンブルクに、北はプロイセン領ザクセンに囲まれていた。
ロイス家の歴史と独特な命名慣行
ロイス家の支配者家系は12世紀まで遡ることができる。この家門の最大の特色は、男性の子孫全員が代々「ハインリヒ(Heinrich)」という名を名乗った点にある。これは神聖ローマ皇帝ハインリヒ6世への敬意に由来するもので、そのため複雑な番号付与の制度が必要となった。
プラウエン家系は1300年頃に長兄系統(1572年に断絶)と弟系統に分裂した。後者が「ロイス」の名を正式に称するようになったのは、当主ハインリヒ・デア・ルッセ(「ロシア人のハインリヒ」の意。ロシアへの旅とガリツィア侯女との結婚にちなんだ呼び名)に由来するといわれる。
同家はルター派(プロテスタント)へ改宗し、1564年に三つの系統――長系ロイス(Ältere Linie)、中系ロイス(Mittlere Linie、1616年に断絶)、幼系ロイス(Jüngere Linie)――へと分かれた。長系は首都グライツを擁してオーバーラントに所領を持ち、幼系は首都ゲーラを中心とするウンターラントと、オーバーラントの半分を所有した。
帝国内における地位
1673年、長系と幼系の当主は神聖ローマ帝国における帝国伯の位を獲得した。続いて長系は1778年に侯(フュルスト)へ昇格し、幼系の各分家も1806年に侯位を授けられた。両家系は1815年にドイツ連邦へ加盟し、1871年のドイツ帝国成立後はその構成邦としての地位を保った。
終焉とテューリンゲン州への編入
1918年のドイツ革命によって君主制が廃止されると、両地域はそれぞれ自由州となり、1919年4月4日に合併してロイス人民州(Volksstaat Reuss)が成立した。同州は1920年5月1日、新設されたテューリンゲン州へ編入され、約800年におよぶロイス家の歴史に幕を下ろした。
なお、ロイス家の命名慣行については、長系では一族の男子を出生順に通し番号で呼び(例:ハインリヒLXXII世)、幼系では一世紀ごとに1から100までの番号を順に与えるという、世界史上でも珍しい規則が採られていたことでも知られている。