
エルヴィン・ロンメルは、第二次世界大戦におけるドイツ最良の将軍の一人と評価されると同時に、指揮下の部隊による戦争犯罪で名を汚さなかった唯一のドイツ将軍でもあります。しかし、あるイギリス人将校にとって、ロンメルは単なる名将ではなく、まさに「命の恩人」だったのです。
秘密任務でフランスへ――捕虜となった工兵大尉
ロイ・ウールドリッジ大尉はイギリス陸軍工兵隊に所属していました。ノルマンディー上陸作戦に先立つ1944年5月、彼は上陸予定海岸の偵察のためフランスへ派遣されます。この任務は極秘であり、大尉は私服姿で軍の書類を一切持ち込んでいませんでした。万が一捕まれば、スパイと認定されて銃殺刑に処されることは、ほぼ確実だったのです。
尋問の中で迫る死
そして現実に、その事態が訪れます。ドイツ軍のパトロールがウールドリッジ大尉を発見し、逮捕しました。尋問の場でドイツ兵たちは、「任務の目的を明かさなければ処刑する」と囚人にはっきり告げます。しかし大尉は頑として口を割らず、自らの運命を受け入れました。
ロンメルとの対面
ところが、この一件は当該地区のドイツ軍を指揮していたロンメル元帥の耳に届きます。やがてイギリス人大尉は元帥の前に引き出されました。ロンメルは彼をしばらく見つめた後、丁寧に「何か望みはないか」と尋ねたといいます。もう失うものは何もないと思った冷静沈着なイギリス人は、これが人生最後の食事になるだろうと覚悟しつつ、「良い食事とビール、それにタバコを一箱」と願い出ました。ロンメルは微笑み、囚人の望みを叶えるよう命じます。そして何より決定的だったのは、彼を「スパイ」ではなく「捕虜」として扱ったことです。この一言が、実質的に大尉の命を救うことになったのです。
ヒトラーの「コマンドー指令」への背反
ヒトラーは、捕らえられた連合軍コマンドー部隊の兵士は言うまでもなく、私服の者であればすべて処刑せよという明白な命令(いわゆる「コマンドー指令」)を出していました。ロンメルはこの命令を、これで二度目となる無視をしたのです。一度目は北アフリカで、彼自身の暗殺のために送り込まれてきたイギリス人コマンドーの命を助けたときでした。
戦争の野蛮さの中での人間性
ロンメルは今回もまた、戦争の野蛮さが許す限りの「人間性」を守ろうとしたのです。ウールドリッジ大尉はロンメルから贈られたタバコの箱を生涯手放しませんでした。高値での買い取りの申し出が幾度となくあったにもかかわらず、彼の答えは常に「売らない(Not for sale)」でした。
幸運なイギリス人は2016年、老衰でこの世を去りました。それは、事実上ヒトラーの命令によって非業の死を遂げた救命恩人よりも、はるかに後のことでした。
ちなみにロンメル自身は、1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件への関与を疑われ、同年10月に服毒自殺を強いられています。「砂漠の狐」と呼ばれた名将の最期は、彼が最後まで守ろうとした人間性とは対極にある、ナチス政権の冷酷さを象徴するものでした。