
第三次中東戦争(六日間戦争)でイスラエルが決定的な勝利を収めたにもかかわらず、エジプトは交渉のテーブルに着くことを拒み、敵対行為を続けた。その間に、エジプト軍はソ連からの大規模な支援によって着実に再建・強化されていった。
1969年3月8日、エジプトは後に「消耗戦争」と呼ばれることになる対イスラエル攻撃を開始した。これに対し、イスラエルはスエズ運河西岸への上陸と同地域のエジプト軍部隊の壊滅を目的とした「ボクサー作戦」を計画した。しかし、その実行に先立ち、グリーン島に配備されたエジプト軍の早期警戒レーダーを無力化する必要があった。この任務は「ブルムス6作戦」として7月19日に遂行され、成功を収めた。
ボクサー、動き出す
翌日の7月20日、イスラエル軍はスエズ方面への攻撃を開始した。最初の標的となったのは、エジプト軍がソ連から供与された地対空ミサイル陣地である。午後2時、イスラエル空軍のミラージュ戦闘機2機がポートサイド西方のSA-2ミサイル陣地のレーダーを破壊。続いて第109飛行隊のA-4スカイホーク攻撃機がミサイル施設そのものを攻撃した。
さらにイスラエルは利用可能な全航空機を投入して大規模な空襲を実施した。わずか3時間のうちに171ソーティ(出撃)を行い、爆弾とロケット弾合わせて200トンを投下したのである。
奇襲に成功したイスラエル軍は、エジプト空軍が介入をためらう中、妨害を受けることなく作戦を続行した。しかしエジプト側も黙ってはいなかった。シナイ方面への陽動攻撃に航空機60機を投入したのである。イスラエルは即座にミラージュ6機を離陸させ、迎撃にあたった。激しい空中戦の結果、エジプト機3機とイスラエル機2機が撃墜された。さらにエジプト側は対空砲火によって2機を追加で失っている。
第二段階以降の展開
作戦は翌日も継続された。イスラエルのA-4攻撃機4機がエジプト軍の対空陣地を無力化し、7月24日に開始される第二段階(ボクサー2)への足場を整えた。再びミラージュ2機がゲベル・アタカのエジプト軍レーダー基地を破壊すると、続く161ソーティに及ぶ空襲がエジプト軍陣地に甚大な被害をもたらした。
エジプト空軍は再び陽動攻撃を試みたものの、成果は乏しく、6機を喪失する結果に終わった。うち3機はミラージュ戦闘機に、残る3機は対空砲火により撃墜されている。7月25日には第三段階(ボクサー3)が開始され、以降も段階的な攻勢が7月28日まで続いた(ボクサー4~6)。イスラエル軍はこの一連の作戦で相手に大きな打撃を与えた。
作戦の成果と結末
一連の戦闘でエジプト軍は300名を超える人的損害を出し、航空機9機と大量の物資・装備を失った。一方のイスラエルにとって皮肉なことに、本来の目的であったスエズ運河渡河上陸作戦自体は、最終的に中止されることとなった。それでも「ボクサー作戦」は、消耗戦争期におけるイスラエル空軍の圧倒的な制空能力と精密な作戦遂行能力を示す事例として、中東戦争史に刻まれている。