結論:リンゴの木の下に座った「特定の日」は存在しない
「アイザック・ニュートンがリンゴの木の下に座ったのは何日か」という問いに対する正確な答えは、「特定の日はない」です。実は、万有引力の理論を着想した瞬間にニュートンがリンゴの木の下に座っていたという出来事は、史実としては確認されていません。この話はいわゆる伝説(apocryphal=伝聞的・後世に付け加えられたもの)であり、語り継がれる過程で大きく脚色された逸話なのです。
それでもリンゴ伝説には一応の「根拠」がある
とはいえ、完全な創作かというと、そうでもありません。ニュートン自身が晩年、リンゴから引力の着想を得たと語った記録が残っています。友人の伝記作家ウィリアム・ストゥークリーは1726年、ニュートンとの会話をもとに次のような証言を書き残しています。
彼は瞑想にふけっていたところ、リンゴが落ちるのに気づいた。落下の原因を考え巡らせるうちに、重力の概念が心に浮かんだのだと(要約)
また、ニュートンの親戚にあたるジョン・コンデュットも同様の逸話を記録しています。つまり「リンゴが落ちるのを見て引力について考えた」というニュートン本人の発言は存在するものの、「木の下に座っていた」「頭にリンゴが当たった」といった劇的な詳細は、後世に加えられた脚色である可能性が高いのです。
着想の時期は1665〜1666年頃とされる
時期に関しては、比較的信頼できる目安があります。1665年から1666年にかけて、ロンドンでペストが猛威を振るい、ケンブリッジ大学は閉鎖されました。ニュートンは故郷のウールスソープ・マナー(リンカーンシャー)に戻り、約1年半を過ごしています。
この間、彼は光学や微積分、そして重力に関する基礎的なアイデアを次々と生み出しました。この時期は後に「奇跡の年(annus mirabilis)」と呼ばれており、リンゴの逸話もこの頃の出来事として語られることが多いのですが、具体的な月日まで記録されたものは一切ありません。
万有引力の完成は20年後の『プリンキピア』
もうひとつ重要な点は、1666年当時のニュートンはまだ万有引力の理論を完成させていなかったということです。天体にも地上の物体にも同じ重力が働くという万有引力の法則を数学的に証明し、公表したのは1687年の大著『プリンキピア』においてでした。リンゴの逸話は、この長い研究の道のりの「着想のきっかけ」として、わかりやすい物語に仕立て上げられたと考えられます。
まとめ
- ニュートンがリンゴの木の下に座った特定の日付は存在しない
- リンゴの逸話は、ニュートン本人の晩年の発言に端を発する、半ば事実ベースの伝説
- 着想の時期はペスト流行による帰郷期間(1665〜1666年頃)とされる
- 万有引力の法則が完成・公表されたのは1687年の『プリンキピア』
「頭にリンゴが当たって引力を発見した」という劇的な物語は魅力的ですが、実際の科学の歴史は、長い観察と計算の積み重ねによって成り立っています。リンゴの逸話は、その入り口を象徴する美しい寓話として楽しむのがよいでしょう。