古代の歴史

アングロサクソン人はなぜ「野蛮人」だったのか?――その前提を問い直す

この質問には、実は誤った前提が含まれています。アングロサクソン人が「野蛮人」であったという見方は、現代の歴史学では支持されていません。以下でその背景と理由を詳しく見ていきましょう。

「野蛮人(バルバロス)」とは何か

「野蛮人」という言葉は、古代ギリシャ語の「バルバロス(βάρβαρος)」に由来します。本来は「ギリシャ語を話さない者」を指す呼称で、彼らの言葉が「バルバル」と響いて聞こえたことが語源だと言われています。後にローマ人がこれを受け継ぎ、「ローマ人以外の民族」全般を指す言葉として用いるようになりました。

つまり「野蛮人」とは、文化水準が低いことを意味するのではなく、「ギリシャ・ローマの世界に属さない異民族」という、民族的・文化的な多様性を示すラベルにすぎなかったのです。

なぜアングロサクソン人は「野蛮人」と呼ばれたのか

5世紀以降、ブリテン島へ移住したアングル人、サクソン人、ジュート人といったゲルマン系民族は、ローマ帝国の視点からすれば「境界の外側の民」でした。彼らが「野蛮人」と呼ばれたのは、文明の程度の問題ではなく、あくまでローマ中心の世界観における分類だったのです。

現代の歴史学でこの言葉が使われない理由

今日の歴史家は、特定の集団や文化を記述する際に「野蛮人」という語を使用しません。その主な理由は以下の通りです。

  • 価値判断を含む語である:「野蛮」という表現は、自民族中心主義(エスノセントリズム)に基づく差別的なニュアンスを伴う。
  • 定義が曖昧: ローマにとっての「野蛮人」は、ペルシア人からケルト人、ゲルマン人まで極めて広範であり、実態を反映していない。
  • 実像との矛盾: アングロサクソン人は高度な金属工芸、詩文学(『ベーオウルフ』など)、独自の法制度や社会組織を発達させており、「野蛮」という形容とは相容れない。

まとめ

「アングロサクソン人は野蛮人だったのか?」という問いへの答えは、「そもそも野蛮人ではなかった」ということになります。「野蛮人」という言葉は、ローマ人が非ローマの諸民族を一括りに呼んだ便宜的な名称であり、現代の歴史学では客観性を欠く用語として避けられています。アングロサクソンの文化は同時代のヨーロッパにおいて決して劣るものではなく、むしろ後の中世イングランドの基盤を築いた豊かな文化だったのです。