植民地時代には「現代のような有名人」は存在しなかった
北米の植民地時代は、17世紀初頭(1600年代前半)から18世紀後半(1700年代後半)まで続きました。これは、テレビやインターネットを通じて大衆に影響力を持つ「現代的なセレブリティ」が誕生するよりも、はるかに前の時代です。そのため、植民地時代の人々の服装に影響を与えたのは、今日でいう映画スター歌手ではなく、まったく別の存在でした。
ファッションの中心だったヨーロッパ王室と貴族
当時の入植者たち、とりわけ富裕層の服装の規範となったのは、ロンドンやパリといった欧州の宮廷文化です。イギリス国王やフランスのルイ14世のような君主、貴族階級が着る華やかな服飾が「お手本」とされ、植民地の上流階級は海を越えて届く流行を取り入れようとしました。
また、それ以前の時代にはエリザベス1世のように、君主自身がファッションの象徴として強い影響力を持った例もあります。王侯貴族の肖像画や輸入された衣服が、遠く離れた植民地における流行の情報源でした。
宗教観と身分が服装を左右した
一方で、ニューイングランドのピューリタン社会では、派手な装いは慎みに反するとして敬遠され、質素で実用的な服装が美徳とされました。さらに、身分や職業によって着られる服が制限される「贅沢禁止令(サンプチュアリー・ロー)」の考え方も根付いており、服装は単なる好みではなく、社会的地位を示す重要な手段だったのです。
まとめ
植民地時代(およそ1600年代〜1700年代後半)の服装を形作ったのは、現代の有名人ではなく、ヨーロッパの王室・貴族、宗教的価値観、そして社会的身分制度でした。「セレブの影響」という概念そのものがまだ存在しなかった時代に、人々は大洋の向こうの権威に憧れを抱きながら、自分たちなりの服装文化を育んでいったのです。