エルブリッジ・ギャリー(Elbridge Gerry、1744年7月17日 – 1814年11月23日)は、アメリカ合衆国の政治家であり、第5代副大統領(1813年–1814年)を務めた人物です。独立宣言の署名者の一人でもあり、その名前は選挙区割りの不正操作を意味する「ゲリマンダー(gerrymandering)」という言葉の語源として広く知られています。
基本プロフィール
- 生誕: 1744年7月17日、マサチューセッツ湾植民地マーブルヘッド
- 死没: 1814年11月23日、ワシントンD.C.(在職中に死去)
- 政党: 民主共和党
- 配偶者: アン・トンプソン(1786年結婚)
生い立ちと教育
ギャリーはマサチューセッツ州マーブルヘッドの名門商家に生まれました。裕福な環境に恵まれた彼は、1762年にハーバード大学を卒業。卒業後は家業である海運業に従事する一方で、次第に政治の世界へと関心を広げていきました。
政治経歴
ギャリーの政治キャリアは多岐にわたります。
- 1772年–1780年: マサチューセッツ州議会議員として活動
- 1776年: 独立宣言に署名
- 1785年–1786年および1789年–1793年: 大陸会議の代議員を務める
- 1810年–1812年: マサチューセッツ州知事に就任
なお、1787年の憲法制定会議では、権利章典(法案)が盛り込まれていないことを理由に合衆国憲法への署名を拒否したことでも知られています。
副大統領時代
1812年の大統領選挙で副大統領に選出されたギャリーは、ジェームズ・マディソン大統領の下で職務に就きました。しかし、就任から1年足らずの1814年11月、首都ワシントンD.C.にて在職中に死去しました。
遺産と歴史的評価
ギャリーの名を最も有名にしたのは、「ゲリマンダー」という言葉です。これは、特定の政党に有利になるよう選挙区の境界線を意図的に引く行為を指す用語で、1812年にマサチューセッツ州知事だった彼が承認した不自然な形の選挙区割りにちなんで名付けられました。「ゲリー(Gerry)」と「サラマンダー(salamander)」を掛け合わせたこの言葉は、今日でも世界中で使われています。
一方で、ギャリーは単にこの逸話だけで記憶されているわけではありません。アメリカ独立戦争への貢献や、建国初期の合衆国政府の発展に果たした役割は、彼をアメリカ史における重要人物の一人として位置づけています。