1607年5月に北米バージニアに建設されたジェームスタウンは、イギリスによる北米初の恒久的な植民地として知られています。しかし、その出発点は決して順風満帆なものではありませんでした。
最初の年の生存者はわずか38人
当初、ジェームスタウンに到着した入植者は104人でした。ところが、厳しい環境に耐えられず、最初の1年を生き延びることができたのはわずか38人。実に3分の2以上の人々が命を落とすことになったのです。
入植者を苦しめた三大要因
1. 食料の深刻な不足
入植者の多くは金を求めて渡航した貴族や職人で、農業の経験者がほとんどいませんでした。そのため食料の自給ができず、飢餓が colony を襲いました。
2. 悪化した衛生状態と病気
ジェームスタウンの入植地は湿地帯に位置していたため、飲み水が汚染され、腸チフスや赤痢などの感染症が蔓延しました。
3. 先住民との緊張関係
ポウハタン連邦との関係は必ずしも安定せず、紛争や攻撃の脅威も入植者たちを追い詰めました。
「飢餓の時代」へと続く試練
このような過酷な状況は、1609年から1610年にかけての冬、いわゆる「飢餓の時代(Starving Time)」でさらに悪化しました。しかし、ジョン・スミスの指導力や、後にタバコ栽培の成功によってもたらされた経済的基盤などにより、ジェームスタウンは滅亡を免れ、やがてバージニア植民地として発展していくことになります。
ジェームスタウンの最初の年の悲劇は、新天地での生存がいかに困難であったかを物語る歴史の一幕です。