ローマ皇帝ウェスパシアヌスには二人の息子がいた
ローマ帝国を安定させた「フラウィウス朝」の創始者である皇帝ウェスパシアヌス(在位:69年〜79年)には、二人の息子がいました。彼は自身の死後に息子たちへ帝位が受け継がれるよう、両者を共同皇帝として育て上げました。
長男:ティトゥス(Titus Flavius Vespasianus)
長男のティトゥスは、父ウェスパシアヌスの死を受けて79年に第10代ローマ皇帝に即位しました。在位期間はわずか2年(79年〜81年)でしたが、その治世は歴史的な出来事に彩られています。有名なコロッセオ(フラウィウス円形闘技場)の完成・開場式典を行ったほか、79年のヴェスヴィオ火山大噴火によるポンペイの埋没や80年のローマ大火といった災害への対応でも知られています。民衆から「人類の至福」と称えられた善政の皇帝でしたが、81年にマラリアあるいは熱病のため39歳で急逝しました。
次男:ドミティアヌス(Titus Flavius Domitianus)
次男のドミティアヌスは、兄ティトゥスの死を受けて81年に即位し、以降15年間にわたって統治しました(在位:81年〜96年)。彼は国境防衛の強化や行政改革など統治能力には優れていたものの、次第に専制的な支配を強め、元老院との対立を深めていきました。最終的に96年、宮廷内の陰謀により暗殺され、これによってフラウィウス朝は滅亡しました。
まとめ
ウェスパシアヌスの息子たちは以下の二人です。
- ティトゥス — 長男。父の死後に皇帝となり(在位:79年〜81年)、コロッセオの開場などで知られる。
- ドミティアヌス — 次男。兄の死後に即位し(在位:81年〜96年)、専制政治を行った末に暗殺された。
このように、ウェスパシアヌスから始まるフラウィウス朝は、父子三代(ウェスパシアヌス→ティトゥス→ドミティアヌス)で約27年間続いた王朝であり、ローマ史において重要な時代を築きました。