アステカ文明の始まりを示す、明確な「ひとつの日付」は存在しません。アステカとは、14世紀にメキシコ盆地へ移住してきたナワトル語を話す民族の総称であり、彼らの歴史は移住と定着、そして都市国家の発展という段階を経て形成されていきました。
1325年、テノチティトランの建設
アステカ史における最も重要な転換点とされるのが、1325年に首都テノチティトランが建設されたことです。伝説によれば、アステカ人は神託に従い、「湖の中で鷲がサボテンの上にとまり、蛇をくわえている場所」に都を築くべきだと告げられました。この場所こそが、現在のメキシコシティの基礎となるテノチティトランでした。
湖上の都市から帝国へ
テノチティトランはテスココ湖の島々の上に築かれ、独自の水利技術と農耕システム(チナンパと呼ばれる浮き畑)によって急速に発展しました。15世紀に入ると、近隣の都市国家との同盟や征服戦争を通じて勢力を拡大し、ついには中央メキシコ一帯を支配する強大な帝国へと成長します。
16世紀初頭、文明の頂点
アステカ帝国は16世紀初頭に最盛期を迎えました。当時のテノチティトランは人口20万人以上を擁する巨大都市となり、壮麗な神殿群や市場で賑わっていました。しかし、その栄華も長くは続かず、1519年にスペイン人の征服者(コンキスタドール)たちが到来すると、帝国は急速に衰退への道をたどることになります。
まとめ
アステカ文明の始まりは特定の日付では定義できませんが、14世紀のメキシコ盆地への移住と1325年のテノチティトラン建設が事実上の出発点と考えられています。そこから約200年間で帝国は大きく成長し、16世紀初頭にピークを迎えたのです。