1944年、イタリア戦線。第二次世界大戦で最も激烈を極めた戦いの一つ、モンテ・カッシーノの戦い。本稿は、その最前線に位置するサンタ・エリアの平原を車で走破した従軍記者の目撃記録である。
「ラスタ」という名の道
平原を横切る一本の道は、「ラスタ」と呼ばれていた。初めて訪れる者は、この言葉に驚かされる。実のところ、これはヒンドゥスタニー語でただ「道」を意味する言葉なのである。
「道――ラスタ――ロード」。カッシーノの国際十字路に立つ標識は、そう告げている。あらゆる言語を操れなければならない標識だ。やがてはポーランド語まで話すことになるだろう。だが、あまりに複雑な言葉のため、私はとうとう忘れてしまった。
平原は次第に湿地帯へと姿を変えていく。道はやがて、小さな赤い家の足元に連なる並木に突き当たり、そこで断ち切られる。行く手を阻むのは、荒々しい勢いでカッシーノへと向かう急流だ。あれがラピド川なのだろうか。
そこに一人の男がいた。平原にただひとりの人影である。男は、枝々で覆われた隠れ壕の中から顔を出した。

「いいえ、大尉……あれは道路です」
ドイツ軍は下流でラピド川の流れをせき止めていた。この不思議な土地では、道路は川へと変わり、あふれ出た川は湖へと化していたのである。
水没した戦場
高く舞い上がる二つの水しぶきに挟まれながら、車両は急流へと突っ込んでいく。川底は硬く、でこぼことし、砲弾によって掘り返されている。見えない溝に落ちる危険が常に付きまとう。私たちはひたすら直進した。
ギザギザとした枝を突き出した枯れ果てたオリーブの木々の列の間を抜け、私たちは広大な沼地を横切った。そこは、災厄の余波をひとつに凝縮したような光景だった。枝々の下、見渡す限り続く水没した畑からは弾薬箱が顔を出し、私たちの通過が巻き起こす渦に、放棄された装備品が揺さぶられながら浮かんでは沈んだ。
水死したラバの死骸が、頭をゆらゆらと揺らしている。葉のついた小枝が、木から半分もがれたまま揺れる。こうした眩暈にも似た光景は、通行を妨げる巨大なシャーマン戦車の残骸にさえ及んでいるように見えた。横倒しになった怪物のような車体、開かれたままの砲塔、沼から突き出した泥まみれの履帯。その場所は陰惨そのものだった。人間の姿は塵ほども見えず、私たちは自分がどこへ向かっているのかさえ分からなかった。
モンテ・カッシーノの麓へ
やがて、魔法が解けるように呪縛は終わった。ダッジの車輪が水面から抜け出し、木々は視界から消え去る。目の前には、手を伸ばせば届きそうなほど近くに、モンテ・カッシーノの山裾がそびえていた。そのふもと、カッシーノ町の郊外では、迫撃砲の激しい砲撃が灰色の煙の間欠泉を幾列も立ち上らせている。まるで平原に突き刺されたダチョウの羽根のようだった。
小さなデッラ・ロッカ城が峰に聳え、真っ二つに裂けたその主塔は、今なおドイツ軍落下傘部隊の不屈の前哨拠点であり続けていた。