コルテスが征服したのは「部族」ではなく帝国
エルナンド・コルテス(本名:エルナン・コルテス)が征服したのは、特定のインディアンの部族ではありません。彼が率いたスペイン遠征隊が打ち破ったのは、16世紀当時、メキシコ中央部の広大な地域を支配していた高度な文明、アステカ帝国です。
アステカは単一の部族ではない
「アステカ」という呼び名は、ひとつの部族を指すものではありません。実際には、メヒカ(メキシカ)人を中核としながらも、数多くの異なる民族集団や都市国家から構成される、複雑で多様な社会でした。厳密に言えば、コルテスが倒したのは多民族連合的な性格を持つ巨大な政治体だったのです。
征服の経緯
コルテスは1519年、約500人の兵士を率いてキューバ島から出航し、現在のベラクルスに上陸しました。その後、アステカに敵対していたトラスカラ人などの先住民諸勢力と同盟を結ぶことで戦力を拡大し、1521年に首都テノチティトラン(現在のメキシコシティ)を陥落させました。最後の皇帝クアウテモクが捕らえられ、ここにアステカ帝国は崩壊しました。
まとめ
コルテスが征服した相手を「インディアンの部族」と呼ぶのは不正確です。彼が滅ぼしたのは、中央メキシコを支配する高度な文明国家であるアステカ帝国であり、その帝国自体が複数の民族からなる複合的な社会だった、という点が重要なポイントです。