古代の歴史

ローマ帝国はいつ滅亡したのか?西ローマと東ローマ、それぞれの終焉を解説

ローマ帝国の滅亡は一度では語れない

「ローマ帝国が滅亡したのはいつか?」という問いに対する答えは、実は一つではありません。ローマ帝国は後に東西に分裂したため、それぞれの帝国が異なる時期に滅亡しているからです。

西ローマ帝国の滅亡:紀元476年

一般に「ローマ帝国の滅亡」として知られるのは、西ローマ帝国の滅亡です。これは5世紀のことであり、伝統的には紀元476年とされています。

この年、最後の西ローマ皇帝であるロムルス・アウグストゥルスがゲルマン人傭兵隊長オドアケルによって退位させられました。当時まだ少年だったこの皇帝の廃位をもって、古代ローマ帝国の西部における帝政は事実上終わりを迎えたとされるのです。

東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の滅亡:1453年

しかし、ローマ帝国の歴史は476年で完全に終わったわけではありません。首都をコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)に置く東ローマ帝国、いわゆるビザンツ帝国は、西ローマ滅亡後もなお約1000年間存続し続けました。

東ローマ帝国がついに滅びたのは1453年のことです。オスマン帝国のスルタン、メフメト2世率いる軍勢による包囲戦の末、コンスタンティノープルが陥落し、千年以上続いたローマの帝統はここに幕を下ろしました。

まとめ:二つの滅亡で理解するローマ帝国

  • 西ローマ帝国: 紀元476年、最後の皇帝ロムルス・アウグストゥルスの廃位により滅亡
  • 東ローマ帝国(ビザンツ帝国): 1453年、オスマン帝国によるコンスタンティノープル陥落により滅亡

つまり、「ローマ帝国全体」が滅亡したと考えるならば、その最期は1453年だと言えます。一方、古代ローマの西側の終焉として捉えるならば、それは476年です。どちらの時点を重視するかによって、ローマ帝国の物語の結末は変わってくるのです。