古代の歴史

ペルシア戦争で戦った人物は誰?ペルシアとギリシャ両陣営の指導者たち

古代地中海世界の運命を左右した「ペルシア戦争」(紀元前492年〜紀元前449年)。この大規模な戦争では、ペルシア帝国側とギリシャ側の双方に、歴史に名を刻む偉大な指導者たちが登場しました。ここでは、それぞれの陣営を率いた代表的な人物を紹介します。

ペルシア側の指導者

ダレイオス1世(大王)

アケメネス朝ペルシアの王(在位:紀元前522年〜紀元前486年)。インドからエジプトまで及ぶ広大な帝国を統治し、第一次ペルシア戦争を主導しました。紀元前490年のマラトンの戦いでアテナイ軍に敗れたものの、ギリシャ遠征への意志は息子クセルクセス1世に受け継がれることとなります。

クセルクセス1世

ダレイオス1世の息子(在位:紀元前486年〜紀元前465年)。父の遺志を継ぎ、紀元前480年に数十万ともされる大軍を率いて第二次ペルシア戦争を開始しました。テルモピュライの突破やアテナイ占領など一時は圧倒的に優勢でしたが、サラミスの海戦で敗北し、ギリシャ征服の野望はついに果たせませんでした。

ギリシャ側の指導者

レオニダス1世

スパルタの王。紀元前480年のテルモピュライの戦いで、わずかな兵力を率いて圧倒的なペルシア大軍の進撃を長期間にわたり食い止めました。最後まで退却せずに戦死した彼の勇姿は、「スパルタ人の誇り」の象徴として現代にも語り継がれています。

テミストクレス

アテナイの政治家・将軍。ペルシアの脅威に備えて海軍力の増強を推進した立役者です。紀元前480年のサラミスの海戦では、狭い海峡を利用した巧みな戦術によってペルシア艦隊を撃破し、ギリシャ勝利の最大の功労者となりました。

なお、テミストクレスはスパルタではなくアテナイの出身である点に注意が必要です。ペルシア戦争当時、ギリシャ側はスパルタとアテナイを中心とした都市国家連合として結束し、ペルシアの侵略に立ち向かっていました。