古代の歴史

「ハンムラビ・キニティスのパピルス法典」は実在する?その真相とハンムラビ法典の正体

「ハンムラビ・キニティスのパピルス法典」は実在しない

結論から言うと、「ハンムラビ・キニティスのパピルス法典」と呼ばれる文書は存在しません。この名称は誤った情報や何らかの混同から生まれたものであり、歴史学やアッシリア学の分野において、そのような文献が確認されたことは一度もありません。

実際のハンムラビ法典とは

ハンムラビ法典は、紀元前18世紀(およそ紀元前1754年頃)に、バビロン第一王朝の王ハンムラビによって制定された古代メソポタミアの法典です。重要なのは、この法典がパピルスではなく、高さ約2.25メートルの黒い閃緑岩(ダイヤライト)製の石碑に刻まれているという点です。

石碑の表面には楔形文字でアッカド語による282条の法律が彫られ、頂部には太陽神シャマシュから王権を授かるハンムラビ王の浮き彫りが施されています。

世界最古級の成文法としての価値

ハンムラビ法典は、現存する世界最古級かつ保存状態が極めて良好な成文法の一つとして知られています。「目には目を」という表現で有名なタリオン法のほかにも、賃金、不動産売買、婚姻、相続など、当時の社会生活に関する多岐にわたる規定が含まれています。

この石碑は1901年から1902年にかけて、現在のイランにあたるスーサ(シュシュ)でフランスの考古学調査隊によって発見され、現在はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。

「キニティス」という用語について

「キニティス(Cinithis)」という言葉は、ハンムラビ法典とは一切関係がありません。ハンムラビ法典に関する一次史料や学術文献にこの名前が登場することはなく、由来も不明です。インターネット上でこの用語を目にした場合は、誤情報またはフィクションとして扱うのが妥当です。

まとめ

「パピルス法典」「キニティス」といった名称は実在せず、ハンムラビ法典は黒い閃緑岩の石碑に刻まれたものである点に注意が必要です。歴史に関する正確な知識を得るためには、博物館の公式情報や信頼できる学術資料を参照することをおすすめします。