アメリカの歴史において、自由を求める奴隷たちを導いた伝説的な存在として知られるのが、ハリエット・タブマン(Harriet Tubman)です。彼女が「地下鉄道(Underground Railroad)」と呼ばれる秘密の脱出ネットワークで逃亡奴隷の救助活動を本格的に始めたのは、およそ20代後半から30代前半にかけての時期でした。
初めての「案内人」としての旅
タブマンは1822年頃にメリーランド州で生まれたと考えられています。自身も1849年に奴隷制からの脱出に成功した後、1850年頃に初めて「案内人(コンダクター)」として地下鉄道の旅を行ったとされています。当時の年齢は27歳前後、つまりまだ20代の終わり頃でした。その後、30代を中心に活動を続けました。
「モーゼス」と呼ばれた勇者
タブマンは生涯でおよそ13回もの危険な旅を重ね、70人以上の奴隷を自由へと導いたと伝えられています。決して捕まることなく、しかも救助した人々一人ひとりを見事に自由の地へたどり着かせたことから、彼女は旧約聖書に登場する預言者にちなみ、「モーゼス」という愛称で呼ばれるようになりました。
まとめ
ハリエット・タブマンが奴隷の救出活動を始めたのは、1822年頃の生まれから数えて1850年頃、すなわち20代後半の頃でした。以降、30代を通じて地下鉄道の最も有名な案内人の一人として活躍し、数多くの人々を自由への道へと導き続けたのです。彼女の勇気ある行動は、今日でも公民権運動や人権教育における重要な象徴となっています。