ネロ帝とキリスト教迫害の始まり
ローマ皇帝ネロ(在位:紀元54年〜68年)によるキリスト教徒への迫害は、紀元64年に発生した「ローマ大火」がきっかけだとされています。当時の首都ローマは大規模な火災により市街の大部分が焼失し、その責任追及が皇帝自身に向けられることを恐れたネロは、キリスト教徒に放火の罪を着せたといわれています。
歴史家タキトゥスが残した記録
この出来事については、同時代の歴史家タキトゥスが著書『年代記』の中で詳しく記録しており、これがネロによるキリスト教迫害を伝える最も重要な史料とされています。記録によれば、キリスト教徒は残酷な方法で処刑され、猛獣の餌食にされたり、夜の庭園を照らすための「生きた松明」とされたりするなど、極めて非人道的な扱いを受けました。
ネロの迫害は「局地的」だった
ただし注意すべき点として、ネロ時代の迫害は主に首都ローマおよびその周辺にとどまるものであり、帝国全土を対象とした体系的・組織的な弾圧ではありませんでした。このため、一部の研究者はこれを「迫害」というより「スケープゴートとしての処罰」と捉える見解も示しています。
最初の大規模迫害はディオクレティアヌス帝の時代
ローマ帝国史上、最初に知られる大規模かつ組織的なキリスト教迫害は、紀元303年に皇帝ディオクレティアヌスが発した一連の勅令によって始まりました。これは「大迫害(大迫害期)」と呼ばれ、教会建物の破壊、聖書や典礼文書の焼却、聖職者の逮捕、そして信仰を捨てない者への処刑などが帝国全土で実施されました。
まとめ
つまり、ネロ帝によるキリスト教徒への弾圧自体は紀元64年頃に存在しましたが、それは限定的なものであり、帝国規模の本格的な大迫害が始まったのは約240年後、ディオクレティアヌス帝の時代(紀元303年)であるというのが歴史学上の一般的な理解です。