古代の歴史

イングランド征服はなぜタペストリーに描かれたのか?「バイユーのタペストリー」の真実

「イングランドの征服がタペストリーに記録されたのはなぜか」という問いには、まず一つの重要な訂正が必要です。実は、1066年のノルマン・コンクエスト(ノルマンディー公ウィリアムによるイングランド征服)そのものを記録したタペストリーは存在しません。一般に知られるのは、征服に至るまでの出来事を描いた「バイユーのタペストリー」です。

バイユーのタペストリーとは?

「バイユーのタペストリー」として知られる作品は、長さ約70メートルにおよぶ巨大な刺繍布です。厳密には織物である「タペストリー」ではなく、リネン地に彩色された毛糸で図柄を刺繍したものであり、中世ヨーロッパで現存する最も有名な歴史資料の一つとされています。

描かれている内容

この作品は、イングランド王エドワード懺悔王の死から始まり、ハロルド・ゴッドウィンソンの即位、ハレー彗星の出現といった出来事を経て、1066年10月14日のヘイスティングスの戦いでクライマックスを迎えます。つまり主題となっているのは「征服そのもの」ではなく、征服に至る経緯と過程なのです。

制作の目的と背景

制作は11世紀後半、おそらく1070年代に行われたと考えられています。ウィリアム征服王の異母弟であり、バイユー司教であったオドーの発注によるという説が有力です。識字率が低かった中世社会において、この視覚的な物語は、ノルマン側の視点から征服の正当性を広く伝える宣伝媒体として機能したと考えられています。

まとめ

イングランド征服は「タペストリーに記録された」わけではありません。征服に至る一連の出来事が、刺繍による絵巻物とも言うべき「バイユーのタペストリー」に描かれたのです。勝者であるノルマン人の歴史観を反映しながらも、11世紀の武器、船、衣装などを知る貴重な手がかりとして、今日でも極めて高い史料価値を持っています。