「ローマ人がフン族の征服を喜んだ」は誤り
「一部のローマ人はフン族が征服されて喜んでいた」という話を耳にすることがありますが、これは史実ではありません。ローマ人がフン族による征服や支配を歓迎したことを示す確かな証拠は存在せず、むしろ逆です。フン族はローマ帝国にとって最も恐れられた敵のひとつでした。
フン族とはどのような民族だったのか
フン族は、4世紀後半から5世紀にかけて中央アジア方面からヨーロッパへ侵入した遊牧民です。卓越した騎馬技術と圧倒的な機動力を武器に、黒海北岸のゴート族などを次々と服属させ、ドナウ川流域へと勢力を広げました。
とりわけ5世紀半ば、王アッティラの時代にフン族の勢力は頂点に達します。東ローマ帝国(ビザンツ帝国)からは多額の貢納金を巻き上げ、バルカン半島やガリア、さらに北イタリアにまで侵攻して多くの都市を略奪・破壊しました。ローマ人にとってフン族は、帝国の存亡すら脅かしかねない最大級の脅威だったのです。
同時代のローマ人が残した記録
4世紀の歴史家アンミアヌス・マルケリヌスは、フン族を「野獣さながらの生活を送る、きわめて野蛮な民族」と評する記述を残しています。そこには恐怖と嫌悪が色濃くにじんでおり、フン族がローマ社会からどう見られていたかを雄弁に物語っています。
また、東ローマ帝国は正面衝突を避けるため、フン族に毎年巨額の黄金を支払い続けました。征服される側が侵略者を自発的に歓迎していたとはとても考えられない状況です。
本当に喜びの声が上がったのはいつか
一方で、ローマ人をはじめヨーロッパ中の人々がこぞって喜んだ場面は確かに存在します。それは453年のアッティラの急死、そして翌454年(一説には455年)のネダオの戦いです。この戦いでゲピド族や東ゴート族など、フン族に従属していた諸民族が蜂起し、フン族の覇権はあっけなく崩壊しました。
つまり人々が歓喜したのは「フン族に征服されたから」ではなく、「フン族という脅威が滅びたから」なのです。この二つを混同すると、歴史の理解が大きくずれてしまいます。
まとめ
「一部のローマ人がフン族の征服を喜んでいた」とする説には裏付けがありません。フン族は4〜5世紀のヨーロッパに破壊的な被害をもたらした侵入者であり、ローマ帝国にとって排除すべき脅威と認識されていました。歓喜が広がったのは、フン族自身が滅亡した後のことだったと言えるでしょう。