古代の歴史

1066年以降のイングランドに3人の王はいたのか?歴史的事実を徹底解説

「1066年以降、イングランドには3人の王がいた」という見方がありますが、これは正確な理解とは言えません。実際には、1066年はイングランド王位をめぐる激しい争奪戦が起きた年であり、短期間のうちに王権が順次移り変わった特異な年でした。ここでは、その経緯を時系列でわかりやすく解説します。

エドワード懺悔王(在位1042年〜1066年)

まず、エドワード懺悔王(エドワード証聖者)が1042年から1066年1月までイングランドを統治していました。彼はウェセックス王家の血を引く最後の王ですが、子孫に恵まれず、明確な後継者を指名しないまま亡くなりました。これが、後の王位継承問題の発端となったのです。

ハロルド・ゴドウィンソン(在位わずか約9か月)

エドワードの死後、有力貴族ゴドウィン家出身のハロルド・ゴドウィンソンが王位を継承しました。しかし、その治世はわずか9か月ほどしか続きませんでした。1066年9月にはノルウェー王ハーラル・ハードラーダがイングランド北部へ侵攻しますが、ハロルドはスタンフォード・ブリッジの戦いでこれを撃退します。ところが直後の10月14日、今度はノルマンディー公ギヨームがイングランド南部に上陸し、ヘイスティングスの戦いでハロルド軍を打ち破りました。ハロルド自身もこの戦いで命を落とし、短い治世に幕を下ろしたのです。

征服王ウィリアムの即位とノルマン朝の成立

ヘイスティングスでの決定的な勝利により、ギヨームは「征服王ウィリアム(ウィリアム1世)」として、1066年のクリスマスにウェストミンスター寺院で即位しました。ここにアングロサクソン王朝は終わりを告げ、新たにノルマン朝が幕を開けたのです。

まとめ:3人の王は同時に存在しなかった

つまり、1066年前後にイングランドの王位に関わったのは、エドワード懺悔王、ハロルド2世、そしてウィリアム1世の3人ですが、彼らが同時に王として君臨していたわけではなく、順番に王位が受け継がれていきました。この一連の政変は「ノルマン・コンクエスト(ノルマン征服)」と呼ばれ、言語や文化、支配体制にまで大きな影響を与えた、イングランド史上最大の転換点の一つとされています。