古代の歴史

バギルミ王国の歴史:チャド湖畔に栄えた中央アフリカの古代王国

バギルミ王国とは

バギルミ王国(Bagirmi、別表記:Baguirmi)は、16世紀にチャド湖の南東地域で成立した中央アフリカの歴史的な国家です。ヨーロッパ人がバギルミをはじめとする中央アフリカの強大な国家(ワダイ、ボルヌ=カネムなど)の存在を初めて知ったのは、1823年に探検家ディクソン・デナムがチャド湖地域に到達したときでした。その後、ハインリヒ・バルトやグスタフ・ナハティガルといった探検家たちの記録によって、この王国に関する詳細な情報がもたらされました。

王国の成立とイスラム教の受容

バギルミ王朝は1522年頃に創建されたと考えられています。国王は「ンバン(Mbang)」と呼ばれ、首都マセンヤから統治を行いました。第4代スルタンであるアブドゥッラー(在位:1600年頃)の時代に、支配層とその多くの支持者がイスラム教を受け入れました。

奴隷貿易の時代と大国のはざまで

17世紀に入ると、バギルミは奴隷貿易の繁栄を経験します。しかしその一方で、西のボルヌ帝国と東のワダイ帝国という二大勢力の対立の間で、王国は翻弄されることになりました。17世紀から18世紀にかけてボルヌの属国となり、19世紀初頭にはワダイの支配下に落ちました。両国による度重なる略奪と朝貢の強制に加え、旱魃やイスラム指導者への弾圧により、19世紀には多くの人々がバギルミから去っていきました。

それでもなお、19世紀前半のバギルミは交易と工芸の重要な中心地であり続けました。地元で織られ染色された布地や、非イスラム教徒の奴隷などが輸出品として取引されていました。

王国の終焉とフランス植民地化

1894年、首都マセンヤは冒険商人ラビーフ・アズ=ズバイイルの軍隊によって破壊されました。19世紀末から20世紀初頭にかけて締結された一連の条約により、この地域は最終的にフランスの支配下に入り、長い歴史を持つバギルミ王国は幕を下ろしました。