古代の歴史

ヘイスティングスの戦いでサクソン軍は弓兵を保有していたのか?

結論から言えば、答えはノーです。1066年10月14日に戦われたヘイスティングスの戦いにおいて、ハロルド・ゴドウィンソン王率いるアングロ・サクソン軍は弓兵部隊を編成していませんでした。

サクソン軍の編成と戦術

サクソン軍の中核を担っていたのは、精鋭の親衛兵「ハスカール」と、一般から徴集された歩兵「フュアード」でした。彼らは長い戦斧や槍、剣で武装し、密接に連携した「シールド・ウォール(盾壁)」と呼ばれる防御陣形を敷くことで知られていました。

この陣形は正面からの突撃に対して極めて頑丈である一方、遠距離からの攻撃に対処する手段が乏しく、これが後に大きな弱点となりました。

対するノルマン軍の弓兵部隊

一方、ウィリアム征服王(当時はノルマンディー公ギヨーム2世)率いるノルマン軍は、歩兵・騎兵に加えて大規模な弓兵部隊を擁していました。彼らはクロスボウ(石弓)を装備した兵士も含まれていたとされ、戦闘序盤からサクソンの盾壁に対して矢の雨を降らせ、敵の戦列をかき乱す重要な役割を果たしました。

弓兵が戦局に与えた影響

ノルマンの射手たちは、サクソン兵に盾を掲げさせて疲弊させたり、隊列に隙を作らせたりするなど、決定的な効果を発揮したと伝えられています。中でも有名なのが、バイユーのタペストリーにも描かれた場面で、ハロルド王が矢によって倒れた(一説には目に矢を受けた)とされる記述です。真偽には諸説ありますが、弓兵の存在が戦いの帰趨を左右したことは間違いありません。

まとめ

ヘイスティングスの戦いにおける射撃戦力の非対称性、すなわち「弓を持つノルマン軍」と「持たないサクソン軍」の差は、中世イングランドの歴史を大きく変える結果につながった要因の一つとして、今日でも語り継がれています。