古代の歴史

ドゥームズデイ・ブックはなぜ「ウィンチェスター・ブック」と呼ばれたのか?

ドゥームズデイ・ブック(Domesday Book)は、1086年にイングランド王ウィリアム1世(征服王ウィリアム)の命により編纂された、中世ヨーロッパで最も重要な土地台帳の一つです。この書物には「ウィンチェスター・ブック(Book of Winchester)」という別名がありますが、これは正式名称ではなく、あくまで通称の一つとして知られています。

なぜ「ウィンチェスター・ブック」と呼ばれたのか

ドゥームズデイ・ブックが「ウィンチェスター・ブック」と呼ばれるようになったのは、この書物が長きにわたりウィンチェスターの王室財務府に保管されていたためです。ウィンチェスターは当時のイングランドの事実上の首都であり、ノルマン朝時代の政治・行政の中心地でした。王国の重要な公文書はすべてここで管理されていたことから、この土地台帳にもウィンチェスターの名が冠されるようになったのです。

別名「グレート・サーベイ(大調査)」

さらに、ドゥームズデイ・ブックは「グレート・サーベイ(Great Survey)」、すなわち「大調査」としても知られています。この名称は、イングランド全土の土地、所有者、資源、家畜、税収などを網羅的に記録した前例のない大規模調査事業であったことに由来しています。当時の人々にとって、これほど綿密な国勢調査は驚異以外の何ものでもありませんでした。

「ドゥームズデイ(最後の審判)」の名の由来

ちなみに「ドゥームズデイ・ブック」という現在広く知られる名称は、12世紀になってから定着したものです。この台帳に記された評価や裁定は、キリスト教における「最後の審判の日」のように覆すことができず、異議を申し立てることがほとんど不可能だったことから、「審判の書」として人々に恐れられたことが起源とされています。