古代の歴史

航空史の「最速の男」フランク・エベレストとは何者だったのか?

「航空史におけるフランク・エベレストとは誰ですか?」という問いに対し、「その名の人物は航空界に貢献していない」と説明されることがあります。しかし、これは明らかな誤りです。実際には、フランク・ケンダル・エベレスト・ジュニア(Frank Kendall Everest Jr.、1920年〜2004年)は、アメリカ空軍のテストパイロットとして、ジェット機とロケット機の発展期に数々の速度記録を打ち立てた、航空史上きわめて重要な人物の一人なのです。

第二次世界大戦で実戦経験を積む

エベレストは1920年生まれのアメリカ人で、第二次世界大戦中に陸軍航空隊へ入隊しました。中国戦線では、有名な「フライング・タイガース」に関係する第14航空軍のもとで対日作戦に参加し、実戦で敵機を撃墜するなどの戦果を挙げたと伝えられています。この過酷な前線での経験が、後の卓越したテストパイロットとしての素地となりました。

F-100で「世界最速の男」に

戦後、エベレストはテストパイロットとして最新鋭機の試験に携わるようになります。
1953年にはノースアメリカンF-100スーパーセイバーを駆り、約1,215km/h(時速755マイル)という世界速度記録を樹立。これにより彼は一躍「世界最速の男(The Fastest Man Alive)」として脚光を浴びました。

ベルX-2でマッハ2.87に挑む

さらに1956年には、ロケット推進の実験機ベルX-2の操縦を担当し、マッハ2.87という当時の人類到達最高速度を記録。再び「最速の男」の称号を手にします。
なお、X-2は同年9月に別のパイロットが搭乗中に空中分解事故を起こしており、極限的な危険と隣り合わせの研究開発であったことがわかります。エベレスト自身も、幾度もの死線を越える試験飛行を生き抜いたのです。

晩年と航空史における評価

その後も空軍で要職を務め、大佐として長いキャリアを全うしたエベレストは、1958年に自らの体験を綴った回想録『The Fastest Man Alive』を出版しています。2004年に亡くなりましたが、ジェット時代の夜明けにおいて、未知の速度領域へ体を張って挑み、貴重な飛行データを後世に残したパイオニアとして、今日でも高く評価されています。

つまり、「フランク・エベレストは航空史における著名人ではない」という見方は誤りであり、彼こそがアメリカの超音速飛行の歴史を語るうえで欠かすことのできない存在だと言えるのです。