古代の歴史

ドイツを通って西ローマ帝国に侵入した蛮族はどれ?主要ゲルマン系部族を解説

4世紀末から5世紀にかけて、フン族の圧迫などを背景とした「民族大移動」の波に押される形で、多くのゲルマン系部族がライン川やドナウ川を越え、西ローマ帝国の領内へと侵入していきました。ここでは、ドイツ地方を経由して帝国に侵入した主な部族を紹介します。

西ローマ帝国に侵入した主な部族

西ゴート族(Visigoths)

376年にドナウ川を渡って帝国領内に移住し、378年のハドリアノポリスの戦いで東ローマ皇帝ウァレンス率いるローマ軍を破りました。410年には王アラリック1世の指揮のもとローマ市を略奪し、その後ガリア南部からイベリア半島へ進んで西ゴート王国を建てました。

スエビ族(Suevi)

405年末から406年初めにかけてライン川を渡り、ガリアを経由してイベリア半島北西部(現在のガリシア地方)に定住しました。西ローマ帝国滅亡後も独自の王国を長く維持した部族として知られています。

アラン族(Alans)

もともとカフカス方面出身のイラン系遊牧民ですが、民族大移動の過程でヴァンダル族やスエビ族とともにライン川を越えて帝国領内に侵入しました。その後イベリア半島へ進出し、一部はヴァンダル王国に吸収されていきました。

ヴァンダル族(Vandals)

406年のライン川渡河以降、ガリア、イベリア半島を経て北アフリカへ進み、カルタゴを拠点に強力な王国を築きました。455年には再びローマ市を略奪しており、「文化の破壊」を意味する「ヴァンダリズム」の語源になったことでも有名です。

フランク族(Franks)

ライン川下流域から徐々にガリア北部へ勢力を広げ、481年頃にはクローヴィス1世がフランク王国を建国しました。西ローマ滅亡後の西ヨーロッパにおいて最も大きな影響力を持つ国家へと発展していきます。

ブルグント族(Burgundians)

ライン川中流域から西方へ移動し、5世紀前半にガリア南東部(現在のブルゴーニュ地方)にブルグント王国を樹立しました。「ニーベルンゲンの歌」の題材としても知られます。

アングロサクソン人(Anglo-Saxons)

5世紀以降、北海を越えてブリテン島へ移住したアングル人・サクソン人などの総称です。ローマ軍撤退後のブリテンに定住し、後のイングランドの基礎を築きました。

ジュート人(Jutes)

ユトランド半島周辺出身とされ、アングロサクソン人の移住の流れに加わってブリテン島南東部のケント地方などに定住したと伝えられています。

まとめ

これらの部族による侵入は、ヨーロッパ史上最大級の人口移動である「民族大移動」の一環でした。彼らの定住と建国の動きは、476年の西ローマ帝国滅亡を経て、中世ヨーロッパ世界の形成へとつながっていきます。