結論から言うと、初代ローマ皇帝アウグストゥスは、コロッセオを目にすることはできませんでした。アウグストゥスは紀元後14年に亡くなっていますが、有名な円形闘技場コロッセオの建設が始まったのは紀元後70年代、つまり彼の死から半世紀以上も後のことだからです。
コロッセオが建設された時代
コロッセオの建設は、紀元後70年から80年頃にかけて行われました。着工したのはウェスパシアヌス帝で、その息子であるティトゥス帝の時代にあたる紀元後80年に完成し、盛大な開場式典が催されたと伝えられています。
ちなみに、コロッセオの正式名称は「フラウィウス円形闘技場」であり、この名前は建設を主導したフラウィウス朝(ウェスパシアヌス、ティトゥス、ドミティアヌスの3代)に由来しています。
よくある誤解:ユリウス・カエサルとアウグストゥスは別人
このテーマに関して多くの人が混乱しがちなのが、ユリウス・カエサル(ガイウス・ユリウス・カエサル)とアウグストゥスの関係です。
- ユリウス・カエサルはローマの独裁官ではありましたが、皇帝ではありません。彼は紀元前44年に元老院議員たちによって暗殺されました。
- ローマ帝国の初代皇帝となったのは、カエサルの後継者であるオクタウィアヌスです。彼は紀元前27年に実権を握り、「アウグストゥス(尊厳なる者)」の称号を名乗りました。
つまり、「シーザー・アウグストゥス1世」と呼ばれる人物はユリウス・カエサル本人ではなく、その養子であり後継者であるオクタウィアヌスのことを指します。
時系列で整理すると
歴史の流れを簡単にまとめると、以下のようになります。
- 紀元前44年 — ユリウス・カエサル暗殺される
- 紀元前27年 — オクタウィアヌスが権力を掌握し、初代皇帝アウグストゥスとなる
- 紀元後14年 — アウグストゥス死去
- 紀元後70〜80年 — コロッセオが建設される
このように見ると、アウグストゥス帝の治世は「パクス・ロマーナ」と呼ばれる平和な黄金時代の幕開けでしたが、彼自身がコロッセオの壮麗な姿を見ることはなかったのです。