古代の歴史

ペルシア軍は本当に「不死」だったのか?精鋭部隊「不死隊」の真実

古代ペルシアの軍隊全体が「不死(不滅)」と呼ばれていたというのは、よく見られる誤解です。実際に「不死」と称されたのは、アケメネス朝ペルシアの精鋭である王直属歩兵部隊、いわゆる「不死隊(イモータルズ)」だけでした。

「不死隊」とはどんな部隊だったのか

不死隊は、紀元前6世紀から紀元前4世紀にかけて栄えたアケメネス朝ペルシアにおいて、国王を直接守護する最精鋭の重装歩兵部隊でした。その定員は常に1万人とされ、戦闘で犠牲者が出れば直ちに新たな兵士が補充されたため、部隊の規模が一切減少しなかったと伝えられています。

「不死」という名前の由来

古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは、この部隊について「一員が倒れても必ず補充が行われ、常に1万人のまま保たれるため、ギリシャ人たちは彼らを『不死』と呼んだ」と記しています。つまり「不死」とは、個々の兵士が死ななかったことを意味するのではなく、部隊としての戦力が決して損なわれることがなかったことに由来する呼び名なのです。

王の親衛隊としての役割

不死隊は単なる戦闘部隊にとどまらず、平時には王宮の護衛や儀仗としても活躍しました。豪華に装飾された武器と華麗な服装で知られ、ペルシア帝国の権威と富を象徴する存在でもありました。

まとめ

「ペルシア軍=不死」という理解は正確ではありません。「不死」と呼ばれたのは、アケメネス朝ペルシアの王直属精鋭歩兵「不死隊」のみであり、その名称は常に1万人の兵力を維持し続けた部隊の特異な性格に由来しているのです。