考古学的発見

ムアン・クー・ブア 遺跡第1号 ― ドヴァーラヴァティー期の仏塔基壇

地形と立地

考古遺跡第1号は、タイ王国ラーチャブリー県にあるクー・ブア古代都市の外堀北西角の外側、外堀から約200メートルの地点に位置しています。フアイ・クー・ブア(Huai Khu Bua)の縁にあたり、バーン・クー・ブア駅の向かい側にあります。

発掘前後の状況

1961年に発掘調査が行われる以前、この遺跡は土に覆われた古いレンガの塚であり、高さ約3メートル、各辺約9メートルの規模を有していました。

現在、遺跡は発掘・修復が完了し、周辺の景観も整備され、見学しやすい美しい環境へと生まれ変わっています。

基本情報

  • 標高: 平均海面から約10メートル
  • 水系: フアイ・クー・ブア
  • 地質条件: クー・ブア市の地質条件を参照
  • 考古学的時代区分: 歴史時代
  • 時代・文化: ドヴァーラヴァティー期
  • 年代: 仏暦12~16世紀頃(西暦1100年~1600年、紀元前1400年~900年)
  • 遺跡の種別: 宗教的施設

遺構の概要

現在、ムアン・クー・ブア遺跡第1号に残されているのは、レンガ造りの方形基壇のみです。基壇は各辺6メートル、現存する高さは約2メートルとなっています。

全体の特徴は遺跡第44号とよく似ており、下部は「まな板」と呼ばれる方形の平面プラン(各辺6メートル)で、その上に蓮華座、さらに「秤上げ(持ち送り)」あるいは「球茎(ブルブス)」と称される形状の基壇が設けられています。

ただし遺跡第44号とは異なる点もあります。遺跡第1号にはくぼみ(凹部)がより多く、基壇の周囲には方形の穴(木製の底を持つもの)が2層に分けて設けられていることです。回廊内部からは彫刻による装飾は発見されていません。また、その上部にあった仏塔本体は、現在では完全に失われています。

学術的な考察

サックチャイ・サイシング教授(Prof. Dr. Sakchai Saising、2004年:112頁)は、この秤上げ式あるいは球茎式の基壇について、建物の壁面に穴(開口部)が形成されることで視覚的に美しくなり、彫刻を飾り付ける意図もあったと指摘しています。さらに、四隅に持ち送り構造を備えた仏塔は、角柱に似た外観をもたらすとも述べています。

この様式は、同時代の建築と比較することができます。例えば、初期チャム美術における「カラン(Kalan)」、中部ジャワ美術の「チャンディ(Candi)」、あるいは古アンコール期のクメール寺院などが挙げられます。

発掘調査の成果

1961年に行われた遺跡第1号の発掘調査では、仏塔の中央部から銀製の舎利容器が発見されました。その内部には金製の容器が収められており、そこには5粒の仏舎利が納められていました。この発見は、当時のこの地における仏教信仰の深さと、精緻な金属工芸技術を物語る貴重な資料となっています。

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