考古学的発見

プータット・チェディ遺跡 — ノンヤオの丘に佇むアユタヤ末期の仏塔

プータット・チェディ(Chedi Phu That)とは

プータット・チェディは、発掘・修復が行われた廃仏塔(チェディ)です。ノンヤオ地区行政機関の庁舎東側、前面の芝生エリアに位置し、地元の人々によって大切に保存・管理されています。

地形と立地環境

周辺は山や丘陵が連なる地形ですが、遺跡そのものは小さな丘の上にあります。丘の高さは周囲の平野より約10メートル高く、パーサック川の南約7キロメートル、ノーンサーング運河(ノンクアンチャン運河とも呼ばれます)の東約2キロメートルに位置しています。

標高

海抜26メートル

水系

パーサック川、ノーンサーング運河、ノンクアンチャン運河

地質条件

この丘を構成する岩石は、サラブリー県東部の山地からナコーンラーチャシーマー県へと続く山系、さらに近隣のカオサムラン国立公園の山々と同じ岩層に属します。東側に分布する岩石は、約2億6000万年前から2億2000万年前(ペルム紀〜三畳紀)に形成された火山性火成岩です。

考古学的時代・文化

歴史時代に属し、アユタヤ期(特にアユタヤ王朝後期)からラッタナコーシン初期(チャクリー王朝初期)にかけてのものとされます。考古学的年代は仏暦24世紀(西暦18世紀半ば〜19世紀半ば頃)にあたります。

遺跡の種類

宗教関連遺跡

遺跡の概要と出土した証拠

プータット・チェディの建造時期を示す直接的な記録は残っていません。しかし、タイ芸術局による発掘・修復作業の際に、タイ文字が刻まれた煉瓦板が出土しました。銘文は完全には読み取れていないものの、文字の書体の特徴から、アユタヤ王朝後期からラッタナコーシン初期の時代のものであると特定されています。このことから、プータット・チェディは、少なくともアユタヤ末期以降、ノンヤオ地区に人々が集落を築いて定住していたことを示す重要な証拠となっています。

構造と建築技法

遺跡には煉瓦造りの仏塔基壇が残され、平面は正方形で一辺約5メートルです。現存する基壇は、二層のまな板状基壇とその上の基壇下部から構成されています。

建築には大きさの異なる2種類の煉瓦が使用されています。崩落した部分からは内部構造が確認でき、各室の間の空間に小石と締め固めた粘土を充填する工法が用いられていました。

今も続く信仰

仏塔の南側には「チャオポー・クントンダム(Chao Pho Khun Thong Dam)」を祀る祠があり、現在の社殿は2009年に建立されました。この祠はノンヤオ地区の人々や地区行政機関の職員から深い信仰を集めています。また、仏塔の東側には供物を捧げるための台が設けられ、信者たちが奉納する白衣などが置かれています。

地域のランドマークとしての価値

かつてのプータット・チェディは、この地域において重要な存在だったと考えられます。周囲の平野の中にひときわ高くそびえる丘の上に位置し、あらゆる方向からその姿を望むことができたため、この地方の重要なランドマークの一つであった可能性があります。