寺院の概要
ワット・マハータート(Wat Mahathat)は、タイ北部ルーイ県チエンカーン郡に位置する、現在も現役の信仰の場であり続ける古刹です。メコン河沿いに水成堆積物によって形成された土地に建ち、海抜は約218メートル。主要な水路はいうまでもなくメコン河です。
歴史と文化的背景
考古学的には歴史時代に分類されるこの寺院は、ラーンサン王朝期、アユタヤ期(特に後期)、そしてラッタナーコーシン期(バンコク朝)へと至る多層的な文化を今に伝えています。仏暦22世紀から現在に及ぶ宗教遺跡として、学術的にも高い価値を持ちます。
ワット・マハータートはチエンカーン郡最古の寺院で、チエンカーン市の成立と同時期に建立されたと伝えられます。地元の人々からは「ワット・ルアンポー・ヤイ」の名で親しまれ、仏暦22〜24世紀のラーンサン様式による地域固有の芸術と建築を示す重要な史跡です。現在はマーハーニカーイ派に属する王室寺院(ワット・ルック)となっています。寺伝によれば仏暦2197年(西暦1654年頃)に建立され、1676年にはウィスンカムシーマー(戒堂設置を許可する聖域指定)が下賜されました。
旧庁舎としての歴史
かつてワット・マハータートの境内は、チエンカーンの町役場としても使用されていました。ラーマ5世治世下、タイがメコン河左岸の領土をフランスへ割譲すると、左岸に暮らしていたタイ人たちはムアンマイ(現在のチエンカーン郡)へ移住し、新しい街を「チエンカーンマイ」と名付けました。当時の庁舎はワット・マハータートの敷地内に置かれ、「チエンカーン市庁舎」と呼ばれていました。
その後、庁舎はワット・ポーンチャイ周辺へ移転し、1909年にはプラヤー・シー・アッカハット(トンディー・スリプラセート)が初代チエンカーン郡長官に就任しました。さらに1941年、チエンカーン郡役所は現在の所在地へ移されています。
境内の主な建造物
境内の重要な遺構としては、ウィハーン(本堂)、ウボソット(戒堂)、ターン(僧侶用衛生施設)、そして仏塔が挙げられます。
ウィハーン(本堂)
境内中央に位置するウィハーンは、ラーンサン様式にアユタヤ後期の意匠が融合した建築です。レンガ造り漆喰壁で、平面は長方形、西向き。基壇は高く設えられていますが、当初の屋根は完全に失われ、現在は亜鉛板葺きの切妻屋根で覆われ、両側に翼部が張り出しています。
正面には前廊があり、中央と左右(北・南)の計3つの階段から登れます。前廊に連なる堂正面には3つの出入口が開き、中央扉の上部には城郭型のアーチが施されています。外壁には赤・茶・黄・緑・青の色調による「フープ・テーム」と呼ばれる民間絵画が描かれ、ヴェッサンタラジャータカ(十王業話)の物語やアーチ部の植物文様が表現されています。前廊の天井は赤く塗られた木板に星形模様が描かれ(劣化が進行中)、床は素焼きタイル敷きです(一部に破損・剥落あり)。堂の端部、本尊の左右にも各1つの扉があり、長辺側(北・南面)には片側2つずつ計4つの小さな採光窓が設けられています。
建物の老朽化が著しかったため、南側の壁は取り壊されて新築のパビリオンと連結され、その結果、当初の建築様式の一部が損なわれました。
前廊と堂内の柱は丸太材を使用。外壁の三面(前面=西、背面=東、側面=北)は白色に塗られていますが、背面壁の上部にはラーマーヤナを題材とした壁画が残ります。堂内の床は現代的なタイルで、天井は前廊と同じく赤塗りの木板に星模様が描かれています。
本尊は「ルアンポー・ヤイ」と呼ばれる大型の降魔成道仏で、頭上に傘蓋が架かり、全身に金箔が貼られていますが、金箔の剥落が進んでいます。堂内には木製仏像が数体安置されるほか、精緻な彫刻が施された木製説法台、金漆(ラッカーに金箔)装飾の経櫃、花文様のステンドグラスを嵌め込んだ彫刻窓など、貴重な工芸品も多く伝えられています。木製欄干には漆塗り・金箔、あるいは人物(天使と思われる)を描いた痕跡が認められます。
ウボソット(戒堂/シミ)
ウィハーンの南西に位置するウボソット(シミとも呼ばれる)は、ラーンサン建築の影響を受けたイサーン様式です。堅固な煉瓦とセメント造りで、低い基壇の上に建つ長方形プラン、西向きという特徴を持ちます。
切妻屋根は2段に重ねられ、両側に棟飾りが突き出します。屋根は粘土瓦葺きで、現在はバナナ葉状の化粧板で覆われ、花束や葉、鳳凰の尾を思わせる装飾が施されています。破風と前廊正面には美しい彫刻文様が巡らされ、バーイスィー(吉祥飾り)や仏塔モチーフがあしらわれています。
正面には前廊を備え、中央と左右の3つの階段から登ります。前廊に連なる正面には3つの出入口が開き、その上方にはマハーチャート(大いなる誕生物語)を描いた絆画が飾られています(近代の作)。前廊の床は素焼きタイル敷きです。堂の端部には本尊の左右に各1つの扉があり、長辺側には片側2つずつ計4つの小さな採光窓が設けられています。
戒堂は修復され、安定した強固な状態に保たれています。ただし調査時には鍵管理者が不在のため、内部への立ち入りはできませんでした。
ターン(僧侶用衛生施設)
ウィハーンの北側にあるターンは、ヨーロッパ風建築を採用した珍しい遺構です。煉瓦造り、正方形プランで約3×3メートル、基壇を高くして南向きに建ちます。前面には一方所、コンクリート製の階段が上がり、トイレ部分の手前に前室を経由する構造です。基壇へ通じる通路と正面玄関の窓開口部はアーチ形状になっています。
内部は2つのトイレに仕切られ、扉は青く塗られた木製で花模様が彫り込まれています。各室の背後には細長い高い空間が2つ設けられています。
この建物はラーマ5世時代、プラヤー・シー・アッカハット知事の在任中に建てられたとされます。当時、ワット・マハータートの一帯はチエンカーン市庁舎が置かれており、この施設は行政に訪れる外国人をもてなすために建設されたといわれています。
現在は使用されていませんが、安定した状態で維持管理されています。ただし、セメント壁面や外装塗装にはひび割れや剥落が見られ始めています。
仏塔(チェーディー)
これらの堂宇に加えて、境内北側には仏塔(チェーディー)もあります。建立年代は不明ですが、中央部の芸術と地方様式が融合した特徴を持つのが魅力です。この仏塔は、ナーガ(蛇神)の穴の上に建てられたと地元では信じられています。