考古学的発見

カオ・イー・サン(ワット・カオ・イー・サン)|貝殻が積もった丘の上に佇むタイの古寺

カオ・イー・サン(ワット・カオ・イー・サン)とは

ワット・カオ・イー・サンは、タイ・サムットソンクラーム県のカオ・イー・サン(イー・サンの丘)と呼ばれる小高い丘の上に建つ寺院です。この丘は、かつて長い間海面下にあった土地に、貝殻や海洋生物の遺骸が長い歳月をかけて堆積して形成されたものです。境内の面積は約40ライ(約6.4ヘクタール)におよび、各種の建物は丘の斜面に沿って段状に配置されています。

周辺にはカオ・イー・サンの集落があるほか、マングローブ林やエビ養殖池が広がっています。現在、同寺は海岸線から西へ約5キロメートルの内陸に位置しています。

地形と地質

標高

平均海面からの標高は6〜11メートルです。

水路

カオ・イー・サン運河が近くを流れています。

地質条件

カオ・イー・サンは、貝ンは、貝殻や海洋生物の遺骸が長期間堆積してできた小さな丘です。周辺地域は、タイ湾沿いに海水と淡水の堆積物が積み重なって形成された沖積平野(氾濫原)となっています。

歴史と年代

考古学的には歴史時代に属し、アユタヤ朝、トンブリー朝、そしてラタナコーシン朝(バンコク朝)の時代に関わる宗教遺跡です。寺院の創建はアユタヤ朝末期、およそ1703年、サンペット8世王(プラチャオ・スア)の治世と考えられています。その後、ラーマ4世からラーマ5世の時代にかけて大規模な改修が行われ、1905年(ラーマ5世治世)には正式な戒壇の設置を許す「ウィスンカームシーマー」を授かりました。

主要な建造物と見どころ

本堂(ウボソット)

レンガと漆喰で造られた建物で、木羽葺き屋根の周囲には軒を張り出した庇が巡らされています。太い四角形の柱には漆喰彫刻の装飾が施され、破風には磁器片を嵌め込んだ植物文様の漆喰細工がほどこされています。正面壁には入口の扉が2つあり、アーチ部分は漆喰模様で飾られ、中央の龕には漆喰製の仏立像が安置されています。背面壁は無窓で、側面には左右それぞれ5つの窓があり、窓アーチにも漆喰装飾が施されています。外側の木製窓には漆塗りと金箔押しの意匠がほどこされ、堂内には中国武将の戦いを描いた絵画などが残されています。

堂内には降魔成道(マーラー制伏)の姿勢をとる漆喰製の仏坐像が安置されており、仏暦2534年(1991年)頃に改めて修復・彩色されたとみられます。また、本堂の垂木には寺の修復を記したタイ語碑文が残されています。本堂の周囲には、ペッチャブリー県ワット・サー・ブアのセーマー板に似た、アユタヤ様式の赤砂岩製二重セーマーアーチが巡らされています。さらに、本堂を囲む境界壁(カムペーンケーオ)の外側には、初期ラタナコーシン様式の連立式小塔「チェーディー・ライ」があります。

礼堂(ウィハーン)

こちらもレンガ造り・漆喰仕上げの建物です。屋根は木羽葺きで、チョーファー(屋根先端の飾り)やハンホーン(龍の尾飾り)は漆喰で造られています。正面壁には入口扉が2つあり、扉口のアーチには漆喰装飾のファサードが設けられています。扉は木彫りで、一方にはカノック(炎のような伝統文様)と草花文様、もう一方には守護者文様が精緻に彫り込まれています。アーチの間には、仏像を安置するための小さな龕もあります。

堂内には4体の仏像が安置され、それぞれタイ様式の小型木造パビリオンに覆われています。パビリオンの破風には草花文様の木彫りが施されています。内壁に沿っては、蓮華台座に結跏趺坐する大型の漆塗り金箔押しの漆喰仏坐像が安置され、アユタヤ期美術を代表する降魔成道像として知られています。礼堂の前方には、十二角隅折れ式のチェーディーとプラーン型チェーディーが計4基並び、アユタヤ期末期からラタナコーシン初期の美術様式を今に伝えています。

サーラー・タムマサンウェート(説法堂)

葬儀の前に遺体を安置するために使われる建物で、タイ様式の木造建築です。壁のない開放的なつくりで、屋根は草木葺きとなっています。堂内の天井板には、プラ・マーライが天界と地獄を巡る物語を描いた絵画が描かれ、各地獄の名前を示す文字も添えられています。素朴な地方職人の手になるもので、単色(主に青系統)で描かれているのが特徴です。アユタヤ期末期からラタナコーシン初期の美術と推定されています。

拝殿

高い基壇の上に建つ大型の木造パビリオンです。かつては仏陀の生涯を描いた経典物語「パトムソンボート」の絵が描かれた16枚の梁間小板が、垂木に渡して掛けられていました。これらの板絵は、元々境内の小さなパビリオンの部材だったと推測されています。板には寄進者の名前が記されており、そのすべてがイー・サン村の村人でした。また、絵中の人物が帽子をかぶり、洋風の上着とズボン、ストッキング、靴を身につけていることから、ラーマ5世(チュラーロンコーン大王)の時代の作品と考えられています。

鐘楼

レンガ造りの小型2階建て建物で、ピラミッド状の三角屋根を持ちます。四方とも漆喰で固めた石積み壁に、尖った曲線を描く開口部が穿たれ、上下用の階段が設けられています。現在は老朽化が進んでおり、使用されていません。

チェーディー群(仏塔)

境内には古くから建てられた数多くの仏塔が点在しています。いずれもレンガ積みで、その大部分は隅が凹んだ鐘形チェーディーです。基壇は獅子座台座が幾重にも積み重ねられた形式で、鈴部(鐘の胴)は比較的小さく、鐘口を支える蓮華が設けられています。頂部には蓮華と蔓草を組み合わせた層状の飾りが重ねられ、塔ごとに異なる趣を見せます。

うち2基は十二角隅折れ式のプラーン型チェーディーで、階層状に積まれた獅子座台座の上に、二層に重なる龕が設けられています。遺骨室(ルエンタート)の四隅にはガルーダ像が配され、プラーンの頂には合掌する天人(テープパノム)の装飾が施されています。これらの仏塔は、寺の大改修が行われたラタナコーシン期、ラーマ4世〜5世の治世に建立されたと考えられています。

サーラー・プラ・メー(僧の食事堂)

タイ様式のホール建築で、屋根は木羽葺きです。修復済みで、かつては木柱だったものが現在はコンクリート柱に替わっています。床は適度に高くした木床で、僧侶が食事をする場所として使われています。

まとめ

ワット・カオ・イー・サンは、アユタヤ期の創建からラタナコーシン期の大改修まで、タイ建築美術の移り変わりを一つの境内で楽しめる貴重な寺院です。丘の上からの眺めとともに、漆喰細工や古い絵画、多様な仏塔など、見どころの多いスポットといえます。

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