翡翠の微笑み――1600年前の女性の頭蓋骨が語るもの
メキシコの古代都市テオティワカンの遺跡から発見された人骨は、当時実践されていた歯の装飾(歯の変形)の実態を今に伝えています。下の画像は、テオティワカンの「異邦人居住区」と呼ばれる地区で見つかった、1600年前に生きた女性の頭蓋骨。上顎の歯には、磨き上げられた宝石が嵌め込まれています。

テオティワカン――まさに「コスモポリタン」の名にふさわしい都市です。この先スペイン期の都市(現在のメキシコ)は、かつて新世界最大のメトロポリスでした。ここで生きた1600年前の一人の女性の遺体を調査したところ、南方の文化から取り入れられた習慣が明らかになったのです。それは、意図的に変形させた頭蓋骨と、磨いた宝石を埋め込んだ歯でした。
2016年7月に発表された本研究に携わった国立人類学歴史研究所(INAH)の考古学者ホルヘ・アルチェル・ベラスコ氏によると、「トラジョトラカンの貴婦人」(出土地名にちなむ呼称)の頭蓋骨は「非常に強い圧力によって長く引き伸ばされていた」といいます。この人工的な頭蓋変形の技術はテオティワカンでは知られていませんが、メキシコ南東部から中央アメリカに至るマヤ地域では広く一般的なものでした。2014年に発掘されたこの墓は、ナワトル語で「神々の都」と呼ばれた古代都市の西端、旧「トラジョトラカン」地区――「遠い土地から来た人々」の区画に位置していました。
下の歯の代わりに据えられた緑色の翡翠製の石
プロジェクトの創始者ベロニカ・オルテガ氏は次のように述べています。「2008年にテオティワカンで開始された考古学的発掘調査により、外来集団の受容と統合の過程を研究できるようになりました。トラジョトラカンの貴婦人のような格式の高い墓からの出土品は、多様な出自の人々を受け入れていたこの都市のコスモポリタン的性格を如実に示しています」。実際、テオティワカンは経済的な発展、物資交換、巨大聖域の建設に魅了された様々な共同体にとって、大きな引力の中心でした。
上顎の歯に嵌め込まれた円形の黄鉄鉱(パイライト)、そして下の歯1本の代わりに据えられた緑色の翡翠(ヒスイ)製の石。これらはまさに、この女性が異、この女性が異郷の出身であることを裏付ける特徴的な証拠です。ペテン地方やベリーズの古代マヤをはじめとする一部のメソアメリカ民族の間では、歯を翡翠、ターコイズ、蛇紋石、赤鉄鉱で飾ることが実際に行われていました。歯の表面に孔を開け、装飾石を収める小さな円筒状の窪みを穿つ際、当時の「歯科医師」たちは黒曜石という硬い石を用い、石英の粉末を研磨剤として使用しました。装飾石は天然樹脂によって歯に固定されました。これらの慣行に関する研究によれば、歯髄を傷つけないよう慎重に穿孔が行われていたといいます……。

黄鉄鉱と翡翠による歯への象嵌の詳細 出典:INAH/Aldo Diaz Avelar
テオティワカンはメソアメリカ最大の都市中心地だった
米国ロードアイランド州プロビデンスにあるブラウン大学の考古学者スティーヴン・ヒューストン教授によれば、これらの歯の装飾は、息を清浄に保ち、優雅な言葉を発することを可能にするためのものだったと考えられます。口元が社会的地位を示す場であったため、加工された歯は常に顎の目につく部分に配置されました。装飾石には魔術的な力が宿ると信じられ、個人の神的保護をもたらすと考えられていたのです。また、歯を削って尖らせる加工や、天然アスファルト(ビチューメン)、あるいはコチニール(臙脂虫)の抽出液による塗装・染色といった他の歯の変形も行われていました。これらの慣行は、16世紀にスペイン人が到来すると間もなく姿を消したとされています。
象嵌に用いられた石の分析は近く実施される予定であり、その産地の特定が試みられることになります。

テオティワカン、死者の道の突き当たりにそびえる月のピラミッド 出典:Bernadette Arnaud
西暦200年から700年にかけて10万人以上の人々が暮らしたテオティワカンは、メソアメリカ最大の都市中心地でした。紀元前600年頃から人が定住し始めたこの都市は、全長約2kmの中央大通り「死者の道」を軸として整然と計画され、北端には月のピラミッドが、その中間点にはさらに雄大な太陽のピラミッドがそびえていました。南には「シウダデラ(城塞)」が置かれ、その内部には羽毛の蛇神ケツァルコアトルの神殿が納められていました。周囲に広がる大規模な居住区は、都市の高官たちの主たる邸宅であった可能性があります。テオティワカンについては依然として不明な点が多く、西暦700年頃の終焉は劇的なものであったと考えられます。都市がなぜ忽然と放棄されたのかという謎は、今日まで解明されていないのです。