カンボジアのプノンペン国立博物館で開催中の展示会で、注目すべき発見が話題を集めています。それは、現存する最古の「0(ゼロ)」が刻まれた石碑。岩に刻まれた、たった一つの点なのです。

古代クメール語で刻まれたこの碑文には、右側に点が記されています。「シャカ紀元605年、下弦の月の5日目……」という日付とともに。
一見ただの売買記録、しかしそれは世界最古のゼロだった
一見すると、砂岩の一枚岩(K-127と呼ばれます)に刻まれた、ごくありふれた古い売買の記録にすぎません。内容は奴隷、牛5組、白米の袋などに関するものです。ところが、そこに刻まれた「シャカ紀元605年」という日付こそが、専門家を驚かせました。なんと、これは現在知られている限り最古のゼロの記録だったのです。専門家が長年想定してきた9世紀ではなく、7世紀にさかのぼるものでした。
この石碑を再発見したのは、アメリカ・ボストン大学の数学者アミール・D・アクゼル氏です。数年にわたる調査の末、2013年にその行方をつきとめました。幼い頃から数字に強い関心を持っていたというアクゼル氏は、その情熱が原動力となり、後に旧世界における最古のゼロを探し求める旅へと踏み出したといいます。
長らくインドが最古のゼロの所在地とされてきた
マヤ文明の記数法(すでにゼロのグリフを使用していたものの、専門家からは数学的に行き詰まった体系とみなされています)を除けば、ゼロがヨーロッパに広まったのは1202年、イタリアの数学者フィボナッチ(ピサのレオナルド)による『算盤の書』(Liber Abaci)を通じてのことでした。数の中でゼロが占める位置によって、15と105と150を区別できるようになったのです。フィボナッチはアラブの商人たちからこの概念を学んだとされ、彼ら自身もアジアとの交易の中でゼロを受け入れたと考えられています。

再発見時のアクゼル氏と石碑K-127。シェムリアップ(カンボジア)のアンコール保存局の倉庫にて。© Amir D. Aczel.
そのため長い間、専門家たちの間では、最古のゼロはインドのグワリオルにあるチャトゥル・ブジャ神殿で見つかった9世紀のものだとされてきました。「私がその一枚岩に東方で出会うまでは」と、アクゼル氏は当時語っています。決め手となったのは、フランスの碑文学者ジョルジュ・セデス(1886-1969)による1931年の出版物でした。古代クメール語――カンボジア人の古代の言葉――の専門家であるセデスは、1891年にカンボジア中部の遺跡で発見された石碑の碑文の翻訳を公表していたのです。そこには「シャカ紀元605年」という日付が、2つの数字の間に点を挟む形で刻まれていました。
「このインドの紀元は西暦78年に始まったことが分かっているので、この最初のゼロは683年(605+78)にさかのぼることになります」と、アクゼル氏は興奮を隠さずに語りました。つまり7世紀のものです。しかし、この貴重な遺物はどこにあるのか。クメール・ルージュ政権下の20世紀、激動の歴史を経験したカンボジアで、あの石碑はどうなってしまったのでしょうか。実際、タイ、ラオス、ベトナム、カンボジアでの長い調査の末、アクゼル氏はついにそれを発見します。有名な寺院群からほど近い町シェムリアップにある、アンコール遺跡保存局の倉庫の中。壊れた楣(まぐさ)や何百もの彫像の破片の間に、それは静かに眠っていたのです。

石碑K-127が現在展示されているプノンペン国立博物館(カンボジア)。© Bernadette Arnaud
アクゼル氏はこの冒険を『スミソニアン』誌の記事や、ベストセラーとなった著書『Finding Zero』(日本未訳)につづりましたが、残念ながらプノンペン博物館で開催されている、彼に敬意を捧げるこの展示を目にすることは叶いませんでした。同氏は2015年11月、癌のため65歳でこの世を去っています。
詳細については、動画をご覧ください。
*Finding Zero: A Mathematician's Odyssey to Uncover the Origins of Number, 2016, MacMillan