まず結論からお伝えすると、ローマのパンテオン(万神殿)には、中世の大聖堂に見られるような地下礼拝堂(クリプト)や、神像を納めるための密室「セルラ(cella)」は存在しません。
パンテオンには「セルラ」がない
古代ギリシャ・ローマの典型的な神殿では、奥まった矩形(くけい)の部屋であるセルラに神像が安置され、参拝者はその手前から拝むのが通例でした。しかしパンテオンの場合、建物の中心を占めているのは、床からドームの頂点まで一気に見上げることができる巨大な円形ホール「ロトンダ(rotunda)」です。
つまり、この円形空間こそが神殿のメインホールであり、パンテオンの心臓部。「地下室」や隠された内陣を探す必要はなく、訪れる人はただひとつの壮大な空間に包み込まれるように設計されているのです。
ロトンダの大きさはどれくらい?
ロトンダの主な寸法は次のとおりです。
・直径:約43.3メートル
・床から天窓「オクルス」までの高さ:約43.3メートル
・外壁の厚さ:基部で最大約6メートル
・ドーム頂部の開口「オクルス」の直径:約8.8メートル
特筆すべきは、直径と高さがほぼ一致している点です。内部に直径43.3メートルの完全な球体がすっぽりと収まるよう計算された設計になっており、古代ローマ建築における卓越した幾何学的感覚を今に伝えています。
世界最大級の無筋コンクリートドーム
ロトンダを覆うドームは、鉄筋を使わない無筋コンクリート造としては現在でも世界最大です。ドームの上部ほど軽量な骨材を混ぜたコンクリートを使用するなど、重量配分にも細かな工夫が凝らされています。
なぜセルラのない神殿になったのか
現在のパンテオンは、紀元前27年頃にマルクス・アグリッパによって建立された初代神殿が火災で焼失した後、ハドリアヌス帝の時代(118年〜128年頃)に再建されたものです。従来の「前庭+セルラ」という形式を捨て、単一の円形大空間という革新的な構成を採用したことで、「すべての神々のための場所」にふさわしい、開放的で荘厳な聖域が実現しました。
なお、周囲の地盤が長い歳月の中でかさ上げされたため、今日では敷地から数段高い位置に床がありますが、建物自体は約2000年前の姿をよく留めており、古代ローマの技術水準を物語る貴重な遺構となっています。